夢をありがとう
大リーグへの扉を開けた“トルネード”野茂
うなりをあげる剛球と“魔球”フォークボールで日米通算201勝を上げた野茂英雄投手が、引退を決めた。ドラフトでの8球団指名、清原和博選手(現オリックス)との「平成の名勝負」といった伝説を引っさげ、太平洋を渡った野茂投手は、米国でもオールスター戦の先発投手や2度のノーヒット・ノーランなど、数々の伝説を作った。イチロー選手や松井秀喜選手、松坂大輔投手ら現在、メジャーで活躍する選手たちの道筋を開いた功績も忘れてはならない。
寂しい…ナニワの野茂ファンもしみじみ
「あいつらしい幕引きや」「もう一度、藤井寺に戻ってきて」…。日米のマウンドで強烈な旋風を巻き起こした野茂英雄投手(39)が17日、引退を明らかにした。くしくもこの日は、北京五輪「星野ジャパン」のメンバー発表日。日本人大リーガーとして、“ニッポン野球”を世界にアピールしてきたパイオニアだけに、あまりに対照的なニュースとなった。野茂が生まれ育ち、プロデビューしたナニワの野球ファンも一つの時代の終わりを感じ、寂しさを隠せなかった。
大阪市港区の野茂の実家には正午ごろ、本人から引退を知らせる電話があった。電話に出た父親の静夫さん(69)に「引退するから」と告げ、「くわしいことは夜のニュースですると思うから」と1分ほどで切ったという。
今年2月に電話で話したときには、「辞めてもええんちゃうか」と言う静夫さんに対し、「まだやる」と答えたという。静夫さんは「アメリカに行くときも、自分で勝手に決めて行ってしまった。辞めるときも自分で決めたのだろう。ここまでようやった。親として誇りにしたい」と感慨深げに話した。
一方、野茂が平成2年から6年まで所属していた近鉄バファローズの本拠地だった大阪府藤井寺市。地元の小学生らで作る「藤井寺リトルリーグ」監督の堀秀幸さん(46)は「今の子供たちにも根強い人気があり、まさに“南大阪のヒーロー”。引退は非常に残念です」。
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