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2009年1月

2009年1月31日 (土)

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吉賀(よしか)町は島根県の山あいにある人口七千人の小さな町だ。この町が、不況で離職した人たちを対象に、「福祉留学生」を募集している。 町内の専門学校で学び、介護福祉士の資格取得を目指す人を支援する。学費などは町がいったん貸し付けるが、資格を取った後、地元で一定期間働けば免除する。もちろん仕事や住宅もあっせんする。その説明会が東京に続いて、二月二十二日に大阪で開催される。 東京都も三月から、ホームヘルパー2級の受講料全額補助などを始める。昨日の厚生労働省の発表では、今春までに、十二万四千人を超す非正規労働者が職を失う見込みだ。ただ兵庫労働局の資料では、医療や福祉の新規求人はプラスに転じた。必要な資格さえあれば仕事はある。 バングラデシュの貧困削減に尽力し、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスさんは、人への融資は職業訓練よりも有効だと説く。すべての人に企業家の能力があり、融資によって創造性のスイッチが入るそうだ。 彼がつくったグラミン銀行は、無担保の小口融資によって女性の自立を支えた。特定の社会的目標のための融資。彼はこれをソーシャル・ビジネスと呼ぶ。吉賀町の場合も、背景に過疎などの事情はあるが、人の自立のための融資といえる。 「実現するかどうか分かりませんが」と前置きして、別の山あいの町の担当者が言った。「支給された定額給付金を集め、福祉や雇用に役立てる案も出てます」。問題の定額給付金を消費に使うだけでなく、人への融資に役立てる。地域の目線に立てば、発想がずっと柔軟になる。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月30日 (金)

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昨年秋、一冊の写真集が再編集されて店頭に並んだ。藤原新也さんの「メメント・モリ(死を想え)」(三五館)である。 生と死を見つめた写真集で、藤原さんは「いのち、が見えない」と書く。初刊から二十五年、多くの人が、この本の写真や言葉に影響を受けてきた。俳優の本木雅弘さんもその一人だ。その後、自分の死生観を鍛えるように本を読みあさり、ある職業にたどり着いた。「納棺師」である。 亡くなった人を清め、化粧を施し、衣装を整える。この仕事について、本木さんはこう表す。「死者への最高級のもてなし」。さらに納棺師を描いた作品の制作を周囲に働きかけ、映画「おくりびと」が生まれた。本木さん自身が主役を演じた映画は先週、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞にノミネートされた。 これを受け、大阪や神戸の映画館で再上映が始まった。納棺師のていねいな仕事ぶりが印象に残る作品だ。整然と進められる作業を、遺族がじっと見つめる。「最高級のもてなし」は、弔う遺族にとっても大事な儀式と気づく。 映画は山形の庄内地方が舞台になった。作家の藤沢周平さんは、故郷庄内を書いた文章に「私はそういう場所から人間として歩み始めたことを、いまも喜ばずにいられない」と添えている。藤沢さんが愛した鳥海山の雪景色や桜並木、人々の方言が、作品の基調を支える。 効率性や合理性が優先される現代。そこに生きる私たちの心を、作品は静かに揺さぶる。きっと外国の人たちの「日本観」も刺激してやまないだろう。来月二十三日のアカデミー賞発表が楽しみだ。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月28日 (水)

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 井上ひさしさんのエッセー集『ふふふ』を読んで知ったのだが、米国の大リーグファンは三月を「夢見る月」というそうだ。シーズン開幕直前だから「どのチームも、深刻な現実に直面せず、なんでも可能という気になっていられる」と『現代英米情報辞典』(飛田茂雄編)に書いてあるという。  井上さんは「人生にたとえれば婚約期間か」とつづり、バラ色の未来を信じて至福の時にある婚約者と三月のプロ野球ファンは似ているという。「この月ばかりは『今年はひょっとしたら優勝を……』と夢見てもいいからである」。  では、サッカーファンの「夢見る月」はいつなのか。JリーグはJ1、J2とも三月七日に開幕するから、二月だろう。しかし、県内のサッカーファンは既に、その夢見る月に入っているのではないか。サッカークラブチーム「カターレ富山」が今季から、北陸では初めてJ2に参入する。  先日はカターレ富山イレブンを励ますキックオフパーティーが、富山市内で開かれた。出席者から「目標は高く、J1を目指してほしい」「勝って富山を元気にしてほしい」と期待の声が相次いだという。  Jリーグ開幕は一カ月以上先のことだが、夢はどんどん膨らむ。これも夢見る月の楽しさか。そうはいっても、やっぱりカターレイレブンが躍動する姿を早く見たい。開幕戦が本当に待ち遠しい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月27日 (火)

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将棋の升田幸三元名人が思わず漏らした。「相撲でいえば大鵬かな」。一九六八(昭和四十三)年のことだ。元名人は当時九段だった。 弱冠二十歳の中原誠六段が、山田道美(みちよし)棋聖に完勝したときのコメントである。さらに「はったりのない正統派の将棋」と続けた。勝負強さに加えて、その王道を歩む棋風の美しさに、実力者が口にした言葉が「大鵬」だった。昭和の大横綱を見る「時代の目」が表れる。 さて、この平成の大横綱はどうか。先の初場所で、史上四位となる二十三回目の優勝を飾った朝青龍だ。初日からいつ負けるかと話題を集めた。テレビ中継の視聴率は連日15%を超え、全体の懸賞本数は九百本台に戻った。最後は白鵬との優勝決定戦を制し、まさに朝青龍に始まり、朝青龍に終わった初場所だった。 憎いほど強い横綱はこれまでもいたが、朝青龍は強烈に悪役を印象づける。プロレス技のような張り手やガッツポーズは、まるでショーのようだ。優勝インタビューで「朝青龍は帰ってきました」と答えると、「モンゴルに帰るな」とやじが飛ぶ。豪快に笑ったりほろっと涙を流したり。ファンが魅入られるのも無理はない。 六十八歳になる元大鵬の納谷(なや)幸喜さんは昨年末、相撲博物館の館長を退任した。そのとき、引退がささやかれた朝青龍について、こんな言葉を残した。「勝てばいいと思うな。横綱は人一倍けいこを積み、心技体を一つにしなければならない」。 これが土俵に生きる大横綱の王道というものだろう。朝青龍はこの王道を歩むのか、それとも。個性派の横綱よ、どこへ行く。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月26日 (月)

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大相撲の世界では時々「鬼」が姿を現す。古くは、体は小さいが猛げいこで鍛えた大きな投げ技で魅了した元横綱の初代若乃花が「土俵の鬼」と呼ばれた。 その甥(おい)にあたる貴乃花は、ひざをひどく痛めて相撲などとても、と思われた横綱同士の優勝決定戦で武蔵丸を投げ飛ばした。勝った瞬間の顔のクローズアップ写真は、「鬼の形相」として今も語り草になっている。 あれからおよそ8年。初場所の土俵で、こんどは朝青龍に「鬼の形相」を見た。三場所連続で休場し、けいこの量も体調も不十分なままに迎えた初日、新聞にも載った立ち合い直前の表情には、鬼気迫るものがあった。 場所前の見方がそうさせた。「1勝2敗で3日目に引退するんじゃない?」といった角界関係者のコメントも報じられた。そこまで言うか、と思ったほどだった。浴びせられた横綱の、煮えたぎったに違いない胸中は察して余りある。 悔しさをバネにした見事な復活というほかない。優勝インタビューを受ける目には光るものがあった。当日券を求める徹夜組の行列など懐かしい光景と一緒に朝青龍は帰ってきた。横綱同士の優勝決定戦に持ち込んだ白鵬も強かった。2人の時代がしばらく続くのだろう。 日本で生まれ育った横綱の土俵姿は、曙、武蔵丸のハワイ勢と綱を張り合って2003年1月まで務めた貴乃花が最後だ。モンゴルの二横綱に「鬼の形相」で立ち向かう日本人力士よ早く出てこい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月25日 (日)

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 上から読んでも下から読んでも同じ読み方にする「回(かい)文(ぶん)」遊びは、小さいころに友だちとよくやった。「竹やぶ(竹屋が)焼けた」「ダンスは済んだ」…。  ませてくると「確かに貸した」「わたし負けましたわ」などと進化する。言葉遊びは楽しい。百科事典も回文の項目を立てて「良き月夜」「夏まで待つな」などの例を紹介している。    外国語の例を載せた事典もある。分かりやすいのを1つ引いておく。エデンの園におけるアダムとイブの初対面の会話-。イブが先に「Eve」と自己紹介し、次にアダムが言う。「Madam I,m Adam」  日本語の場合は五七五や五七五七七の形式を借りることができるから、その分、楽しみ方が増す。数年前に週刊ポスト誌の投稿欄「回文塾」で、こんな作品が賞をもらっていた。「熊野路に 遠き滝音 虹の幕」  言葉遊びの歴史は古い。回文は平安時代にはすでにあった。往時の歌学書「奥(おう)義(ぎ)抄」に収められた和歌-。「むら草に 草の名はもし そなはらば なぞしも花の 咲くに咲くらむ」。鉛筆ならぬ筆をなめなめして一首ひねる光景を想像するのも楽しい。  元日の小欄で初夢と宝船について書いた。あのときは触れる余裕がなかったが、枕の下の宝船の絵に添える和歌も回文だ。「長き夜の 遠の眠(ねぶ)りの みな目覚め 波乗り舟の 音の良きかな」。宝船だけでなく、お祝いの席などに添えるといいとも聞く。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月24日 (土)

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仕事はサラリーマン、職場は田んぼ。そんな会社が増えそうな予感だ。兵庫県内の企業で、建設業を中心に農業参入の動きが広がりつつある。 食の安全を守る農業への関心の高まりに加え、雇用維持の色合いが濃い。人材は企業の生命線だ。本業の技術を伝えていくためにも業績が悪くなったからといって、簡単に解雇するわけにはいかない。そこで農業をやりながら雇用を守る。一種のワークシェアリングである。 受け入れ側からも歓迎の声が上がる。JA兵庫中央会の会長は、インタビューで「兼業農家のすすめ」を説く。企業の余剰労働力を農業で活用したい。週の半分は会社で働き、もう半分は田んぼや畑で働く。「半勤半農」といえばいいのだろうか。会長は「新しい兼業農家の受け入れ体制を考えていきたい」と語る。 農業はものづくりの原点でもある。そういえば先日、米国のオバマ大統領も演説でこう言っていた。「私たちの旅路は、ものづくりをする者たちのためにある」。うまく立ち回って、金を稼ぐ時代は終わった。これからは生産に従事する人たちが主役の時代だ。 農業を「六次産業」ととらえる見方がある。一次産業の生産、二次の加工、三次の流通や販売を含めて「一+二+三」で、合わせて「六」になる。それだけすそ野が広く、多くの可能性を秘める。 西洋史学者の木村尚三郎さんが「農の復権」を唱えたのは、十年以上も前のこと。「農を基礎とした社会で役に立たぬ者はいない。リストラも定年もない。そして農は文化を生む」。農には国づくり、社会づくりの基本が詰まっている。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月23日 (金)

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 「伝統工芸と認められる資格というのは、その仕事が百年前の方法と同じでなければいけません」。永六輔さんがインタビューや対談でまとめた『職人』の一節だ。  永さんは「つくっている人間は変わってきていますけれども、素材と仕事は百年前と同じでないと、伝統工芸品と言わない」と補足している。技術革新だの、情報化だのと目まぐるしい昨今、時を超えて受け継がれている文化や工芸品に触れると、心がほっと癒やされる。  高岡市福岡地区伝統の菅笠(すげがさ)づくりの技が、国重要無形民俗文化財に指定されることになった。鎌倉時代に自生する菅草を用いたのが始まりで、江戸時代には加賀藩が奨励し、栽培から加工、流通まで一貫して取り組む国内の一大産地になった。年間三百万枚を生産したときもあったという。  現在は約六万枚を出荷し、農作業や民芸品、映画・テレビ撮影用に用いられ、今も国内シェアの九割を占める。生産者の高齢化が進み、技が途絶える心配があり、昨秋、「技術保存会」が設立された。地元の小学校では菅の栽培や笠づくりを授業にも取り入れるなどの努力が続けられている。  「指定によって日を当ててもらった。仕事をしていても明るい気持ち」と生産者たちは喜ぶ。地域が守り続けてきた日本の貴重な文化である。ぬくもりのある手業を末永く受け継いでいきたいものだ。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月22日 (木)

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ドイツのワイツゼッカー元大統領は「言葉の人」といわれる。側近はこう記す。「言葉とそれが伝える内容こそが政治と確信している」。 有名な演説の一つに、一九八五年のドイツ敗戦四十年の連邦議会演説がある。戦争責任に率直に向き合い、「荒れ野の四十年」というタイトルで知られる。元大統領は「過去に目を閉ざす者は結局のところ、現在にも盲目となる」と語り、若い世代にこう訴えた。「互いに敵対するのではなく、手を取り合って生きていくことを学んでほしい」。 この大統領もまた「言葉の人」である。昨日、就任式に臨んだ米国のオバマ新大統領だ。この日、自分たちの新しい指導者の言葉に触れようと、全米から二百万人が首都のワシントンに集まり、就任演説に奮い立った。 大統領は言った。「結局、この国がよりどころとするのは国民の信念と決意である」。そして「子孫たちに言い伝えられるようにしよう。試練を与えられたとき、われわれは旅を途中で終えることを拒んだ。振り返ることも、くじけることもなかった」と呼びかけた。 大統領四十七歳、スピーチライターは二十七歳。若い二人が意識したのは、リンカーン元大統領の二期目の就任演説だそうだ。国を二分する南北戦争を勝利に導き、元大統領は国民に説いた。戦争で傷ついた人や亡くなった人の家族をいたわり、支えるために、そして国内と世界の平和のために、「あらゆる努力をしよう」と。 厳しい現実に打ち負けない理想を掲げ、国民とともに、実現させる強い意志を示す。「言葉の人」の演説は政治に力を呼び込む。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月21日 (水)

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大阪は橋の町である。俗に「八百八橋」と呼ぶように、どこを歩いても見かける。かなり減ったものの市内だけで九百近いそうだ。 江戸時代にも市中に二百はあった。興味深いのは、幕府の管理したものがこのうち十二しかなかったことだ。残りは豪商らが自力で架けたと、市の資料にある。幕府が多くの橋を手がけた江戸とは、ずいぶん違う。お上の力に頼らないところが、いかにも庶民の町らしい。 その伝統を引き継ぐかのような小型人工衛星が、宇宙へ飛び立つ。東大阪宇宙開発協同組合の「まいど1号」だ。国の技術衛星「いぶき」に相乗りし、他の六衛星と共に、きょう打ち上げの予定だった。あいにく天候が悪くて二十二日に延期されたが、楽しい愛称といい、実に愉快な衛星だ。 名だたる中小企業の町は不況にあえぐ。技術者の高齢化も進む。「もっと若者を集め、産業を元気にしたい」。そんな願いが重さ五十キロの衛星に託された。民間の力を縄のようにより合わせれば衛星も夢じゃない。なんとたくましい遺伝子だろう。 上方の豪商が競うように橋を架けたのは、奉仕ではない。土地を造成、開発して町を栄えさせるためだ。「まいど1号」も話題づくりが目的ではない。宇宙から雷を観測して、データを蓄積する。いつか雷予報ができないか、との狙いがある。 「うどん屋の釜」は大阪のだじゃれ言葉の一つだ。店の釜には、湯しかない。だから「あいつはうどん屋の釜」と言えば、「言う(湯)ばっかり」の皮肉になる。しかし、東大阪宇宙開発協同組合の釜には、希望がいっぱい詰まっている。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月20日 (火)

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 きょうは「大寒」。  一年で寒さが最も厳しくなるころとされる。  「立春」から始まる二十四節気は、大寒をもって一巡となる。「大寒と敵(かたき)のごとく対(むか)ひたり」(富安風生)。寒さとの闘いも、あとしばらくだ。  富山の方では「寒もち」作りが最盛期を迎えているらしい。寒中につくもちは日持ちが良いうえ、風味も増すそうだ。寒さに震えているばかりでなく、寒気を上手に利用してきた先人の知恵だろう。  ネットで調べたら、寒もちの中でも黒豆と昆布が人気という。昔ながらのふるさとの味が親しまれているらしい。赤カブやクチナシ、ヨモギを使った色鮮やかな寒もちも並ぶ。薄茶色は何かと思ったらコーヒーだ。伝統を守るだけでなく、新たな味にも挑戦していることに感心させられる。  冬半ばと思いきや、富山市の寺院では早くも節分の準備が始まった。節分は寒の最終日にあたり、今年は二月三日となっている。信徒がきのうから、お守り用の豆を袋詰めし豆まきに使う升に焼き印を押す作業を進めている。季節を先取る話題に心が浮き立つ。  そういえば日脚もだんだん伸びてきたと感じ週間予報を見ると、残念ながらまだ「三寒四温」の気配。穏やかな日が続くのかと思えば、週末は厳しい寒さがぶり返すそう。「ためらひてためらひて来る春を待つ」(松本たかし)。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月19日 (月)

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 失いつつある風景を守ろう、なくしたものを取り戻そう、と自然再生推進法ができて6年になる。保全・再生対象には里山や里地などのほか干潟、藻場も含まれている。  議員立法による自然再生推進法の土台となったのが「生物多様性国家戦略」だ。国際条約に基づいて策定され、これまでに二度改定された。政府は干潟と藻場の保全・再生も柱のひとつにしてきた。  最初の改定に際し中央環境審議会はこんなイメージを答申に添えていた。「遠い国から飛来した鳥が、森や干潟でえさをついばみ…」。生物多様性国家戦略と自然再生推進法をもとに政府は「そういう国に日本を変えていく」と国際会議などでPRしてきた。  「日本を手本にしよう」と考えた国があるとする。実際の取り組みを知りたくて2009年の日本を視察に訪れたとする。言ったことと、していることが違うのでガッカリするのではないだろうか。  沖縄県沖縄市の泡瀬干潟(約265ヘクタール)の一部も埋め立てて人工島を建設する工事に、国が先週着手し、埋め立て用の土砂の投入が始まった。埋め立て地は県や市が購入し、ホテルなどを誘致する。  泡瀬干潟は南西諸島最大の干潟だ。多様な底生生物が生息し、藻場の規模は全国有数。那覇地裁は昨秋、干潟保全を求めた住民の訴えに添う判決を下した。それでも工事は進む。海外からの例の視察団は帰国して報告するだろう。「ジャパンは不思議の国」 と・・・。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月18日 (日)

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 間もなく米大統領に就任するオバマ氏はインターネットを選挙で駆使した。自らのサイトには相手候補を圧倒する数の動画が掲示され、支持者同士が活発に選挙情報を交換した。  韓国でもすでに7年前の大統領選でネット選挙が注目を浴び、知名度や資金力に劣る盧武鉉氏が当選する原動力になったとされている。  翻って日本の事情はどうだろう。阿久根市長が選挙中にホームページの日記(ブログ)を更新し、問題になっている。公職選挙法違反の恐れがある行為であったのは確かだ。  選挙活動のルールを定めた公選法は、選挙運動期間中に配布できる文書図画のサイズや枚数を規制している。サイズ無制限といってよく、しかも不特定多数が読むネットは法の想定外だった。しかし、総務省がパソコン画面を文書図画と解釈した後は、選挙期間中のブログ更新は違法の恐れが強くなった。選挙期間外であっても、ネットで立候補のあいさつをすれば、これも禁止されている事前運動に触れてしまう。  文書図画の配布が厳しく制限されているのは、カネのかからない選挙を実現するためだ。資金のある候補が勝ち、影響力を発揮する政治は確かに望ましくない。しかし、同じ理由でネット選挙も制限し、禁じているのであれば説得力に欠ける。  手軽で安価な情報発信手段としてすでに政党や政治家の多くがホームページ、メールを日常的に利用している。ネットの世帯普及率も9割近い。ここは時代遅れの法こそ変える時機ではないだろうか。  候補者の中傷といった悪用は考えられるが、解禁した上でルールを設ければ済む話だ。それよりも急務の課題は低投票率、特に若者の投票離れである。先進国では日本だけの戸別訪問禁止など、公選法を「べからず集」のままにしておいては、米韓のようなネットを利用した選挙の活性化など望むべくもない。  候補者情報の充実や政治参加の促進、有権者と候補者の直接対話の実現、カネのかからない選挙-。これらは総務省の有識者研究会が7年前にまとめたネット選挙の利点だ。民主党はネット解禁を盛り込んだ公選法改正案を繰り返し提出しているし、自民党作業チームも解禁方針を打ち出した。機は熟している。  今年は総選挙が必ず実施される。候補者はどのような人物か、公約の実現性はどうかを、有権者がじっくり比較、検討できる選挙にしたい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月17日 (土)

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 米ニューヨークのハドソン川に、旅客機が不時着した事故には肝を冷やした。一歩間違えれば大惨事だったが、機長の完ぺきな操縦もあって日本人を含む乗員乗客百五十五人全員が無事救出された。乗客らが「奇跡の生還」と言うのも大げさではない。  二基のエンジンがいずれもトラブルを起こし、失速したらしい。ラガーディア空港を離陸直後、大型の鳥の群れに突っ込んだというからエンジンに鳥を巻き込んだのか。この空港近くに湖があり、周辺には渡り鳥が多かったという。  日本の政界でも、渡り鳥が問題になっている。こちらは、渡り鳥のように転々と「天下り」を繰り返す官僚たちのことだ。改正国家公務員法は平成二十三年から、各省庁による「渡り」のあっせんを禁止した。ところが昨年十二月、移行期間のあっせんを認める政令が閣議決定されている。  この政令をめぐっては、渡辺喜美元行革担当相が自民党を離党する理由の一つに挙げたほか、野党も厳しく批判しているが、麻生太郎首相は先の衆院予算委で撤廃を拒んだ経緯がある。そんな中、自民党行革本部がきのう、政令を認めない方針を決めたという。  政府と自民党の対立が鮮明となった形だが、ほかにも消費税率引き上げ時期の法案への記述をめぐり党内に火種がくすぶっている。政府・自民党の機長は相変わらず操縦がうまくない。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月16日 (金)

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「新野球いろはかるた」が作られたのは、一九四八年ごろといわれる。少年ファンあこがれの人気選手をうたう。「製作者は不明だが、相当な野球通であることは間違いない」と書くのは週刊ベースボール誌だ。 青バットの大下弘選手は「まちかまへ大下するどいバッティング」。ライバルの赤バット、川上哲治選手は「塁上に川上ひとりヒルデング」。どうやら守備を意味する「フィールディング」のことらしい。よく雰囲気を伝えるのが青田昇選手のかるたである。「むちゃくちゃに振って青田はヒットする」。 川上選手と巨人の中軸を担った。鋭い振りで安打を量産した川上選手に対して、バットを振り回して豪快なホームランを放ち「じゃじゃ馬」と呼ばれた。このほど野球殿堂入りしたが、残念なのは亡くなって今年でもう十二年になることだ。 三木出身で、旧制滝川中学から巨人へ。中学の二年先輩に別所毅彦投手がいる。このころのプロ野球界は兵庫出身の選手が多い。大下選手は神戸出身。西宮出身の別当薫選手は、かるたでこううたわれている。「よく打って別当たちまち人気者」。 青田選手は引退後、コーチとして、多くの後進を育てた。その一人が旧阪急の四番打者、長池徳士選手である。左の肩にあごを乗せた独特のフォームで知られる。その絶品と言われた内角打ちを伝授したのが、青田コーチだった。 長池選手が引退後に指導した秋山幸二選手が昨秋、ソフトバンクの監督になった。きっと、じゃじゃ馬の孫弟子を思わせる豪快な野球で、九州の少年ファンを沸かせることだろう。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月15日 (木)

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大災害への備えで「三日間は自力で生き抜く」という言葉をよく耳にする。三日あれば被災地に救援が届く。心構えの目安でもある。 しかし今、目前に迫りつつある新たな危機への備えは「二週間は自力で」という厳しいものだ。危機が現実になれば日本列島を大きく揺さぶることは間違いない。最大で六十四万人が死亡すると推定される新型インフルエンザの大流行である。昨日、政府の総合訓練があり、首相と閣僚が初めて全員参加した。 二週間の備えでいえば、まずは食料。ミネラルウオーター、缶詰に調味料。保存食として、切りもちや乾めんもいいそうだ。ほかにマスク、うがい薬などの医療品。下着の消毒用に漂白剤は欠かせないという。発熱時に使う冷却枕、懐中電灯やカセットコンロ。そしてラジオも。 企業の対策も急務である。ライフラインの維持に必要な人員は確保できるか。本人だけでなく家族の看病で出社できないケースもあり、一般企業では、社員の四割が出社不能になるともいわれる。加えて大流行は第一波に続いて、第二波がやってくる。長期戦の構えで臨まねば、息切れしてしまう。 アメリカでは各自治体が住民に備蓄品のリストを配っている。そして、周囲と話し合うよう呼びかける。例えば父親と母親が倒れたら、子どもたちはどうしたらいいのか。地域の住民同士でお互いどう支え合うのか。今から話し合っておきましょう、というわけだ。 呼びかけの中にこんな一文があった。「さあ生き抜くための話し合いを」。ワクチンの備蓄も気になるが、まずはできることから始めたい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月14日 (水)

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中東からの報道が日ごとに残酷さを増す。パレスチナ自治区ガザに撃ち込まれるイスラエル軍の砲弾に「非人道兵器」が含まれている可能性が高いという。 人道的な兵器などあるはずもないが、「焼きつくす」とされる白リン弾らしき砲弾が、人口密度の高さが世界有数のガザ難民キャンプ方面でも使われた、と知っても平気でいられる人は一部に限られる。 ニュース映像を見ていると、これがそうか、と思う。空中でさく裂し、枝分かれして白煙を吐きながら落下し、広範囲に降り注ぐ。発する熱は2000度以上といわれる。皮膚に触れると、ただのやけど程度では済まない。 白リン弾は空気と反応して発火、発煙する。国際条約で使用が禁止された兵器ではない。煙幕を張ったり、敵兵を潜伏場所からいぶりだしたりするのに使われてきた。イラク戦争では米軍も使った。 どんな兵器であれ、持つと効果を種々試したくなるもののようだ。核燃料の製造過程で出る「核のごみ」で作った劣化ウラン弾や、子爆弾が不発弾となって対人地雷と化すクラスター爆弾は記憶に新しい。専ら中東で使用される。白リン弾も同じ。 ただでさえ貧困に苦しむガザを、ローマ法王庁は先週「巨大な強制収容所」と語り、そんな状況にしたイスラエル政府を批判した。イスラム過激派掃討を掲げたガザ攻撃は、イスラエルの首相によると「ゴールが近いが、まだ忍耐と決意が必要」だそうだ。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月13日 (火)

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隠岐諸島の一つ西ノ島に、摩天崖(まてんがい)と呼ばれる断崖がある。海面からの高さ約二百六十メートルは、一枚岩の絶壁として日本一という。その眼下に広がる日本海が、悲劇性をいっそう色濃くするようで、印象深い。公開中の話題作「私は貝になりたい」(福沢克雄監督)は、一市民が思いもよらない罪で戦犯とされ、絞首刑になる不条理を描いた名作のリメーク版だ。BC級戦犯の問題をこれほど的確にとらえた作品はないといわれ、主人公の豊松をSMAPの中居正広さんが熱演する。 シナリオを担当したのは、日本を代表する脚本家の一人、兵庫県市川町出身の橋本忍さんである。黒沢明監督「羅生門」で映画界へのデビューを飾った後、「七人の侍」「砂の器」など映画史に残る数多くの傑作を手掛けた。 そんな橋本さんがずっと心残りだったのが、「私は貝になりたい」。昭和三十三年、フランキー堺さん主演のテレビドラマが大きな反響を呼び、翌年、橋本さんの初監督となる映画化も決まった。だが脚本を読んだ黒沢監督にこう言われた。「これじゃ、貝にはなれないんじゃないか」。心にずしりと響かないという意味だ。 橋本さんは悩み続けた。長い闘病生活を経て、仕事を再開したとき、「足りなかったのは深い海」と気づいた。半世紀ぶりに脚本に手を入れ、福沢監督とともに見つけたのが、摩天崖だった。 九十歳を迎えてなお、書き続けることへの意欲はいささかも衰えない。「脚本を直せてほっとしたが、終わりというものは永遠にない」。スクリーンに人生をかけた脚本家のプライドと気骨がのぞく。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月12日 (月)

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ハイテク社会の中でも頼りになるのは人間である。あの日が近づくと、それを物語るエピソードを思い出さずにおれない。十四年前の震災当日、日本銀行神戸支店で起きたことである。 未明の激震に支店も混乱を極めた。割れた書棚のガラスが室内に散乱。職員席は倒れた鉄製棚の重みで押しつぶされ、自家発電装置の不具合で日銀本店とのコンピューター回線も完全に遮断された。「営業できるのか」とだれもが顔色を失った。 金融機関への現金預払業務をつかさどる日銀。その開店が少しでも遅れると、企業や市民への金の流れが滞り、パニックに陥る恐れもあった。午前七時すぎ、当時の支店長は「何としてでも平常通り午前九時に開店するんだ」と声を上げた。 本店との電話回線をつないだまま現金供給などのサポートを要請。被災地の金融機関に「日銀は大丈夫」とのメッセージを発信し続けた。定刻の開店は、困難に直面しても業務を遂行するという日銀の意志の表れだった。 準備が整い玄関前に職員が整列したときトラブルが発生した。停電で電動シャッターが動かない。「手動に切り替えよう」。職員がクランクを探し当て懸命に回す。午前九時ちょうど。金融の砦(とりで)といえる日銀の厚い扉を開いたのは一本のクランクと人の力だった。 映画「ジュラシック・パーク」は遺伝子工学の暴走を描いたが、サブプライム問題に端を発した世界不況では、ハイテク社会が生んだ金融工学の暴走の一面も指摘される。問題の性質は異なるとはいえ、人間が制御できない社会の危うさ。今に新たな問題を投げかける。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月11日 (日)

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 さて問題です。「言質」の読み方は? 正解は「げんち」。「げんしつ」ではありません。では「反古」は。「はんこ」ではなく「ほご」です。「一入」は「ひとしお」と読みます。  今年は少しでも親しみやすく、内容のある小欄を書くために、語いを豊富にしようと誓いを立てた。記者用のパソコンで文字を打っていくと、独りでに文章に変換してくれる。語いが豊かでないと間違いに気づかなかったり、文章に深みも出てこないと思ったからだ。  昨年刊行された出口宗和さん著『読めそうで読めない間違いやすい漢字』が、三十万部を突破している。教養本にしては異例の売れ行きだそうだ。テレビのクイズ番組などで珍回答をする若いタレントたちが話題になったが、出版社は「自分も(漢字誤読で)恥をかきたくないと思った読者がいらっしゃるのでは…」と話している。  だが、好調な売れ行きの一端は、われらが宰相の影響もないとは言えないらしい。未曾有を「みぞうゆう」、頻繁を「はんざつ」、「踏襲」を「ふしゅう」と次から次からと誤読した。出版社にとってこんなによい宣伝はなかっただろう。  著者の出口さんは歴史出版関係の編集者を務めたことがあり、「漢字は日本の大切な文化だ」と言う。その文化を使って、文章をつづる身である。人の過ちをあげつらわず、まず他山の石としなければ。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月10日 (土)

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まさに命を守る七つ道具だ。催涙ガスにスタンガン。大音量のクラクション装置、目くらましの強力ランプ、監視カメラ、無線などを使った緊急通報装置、そして仕切り板。これで七つ。 相次ぐタクシー強盗の被害で、業界が防犯対策を強めている。昨日も大阪の茨木で運転手が二人組に襲われ、釣り銭など約一万円を奪われた。大阪ではこれで五件目だ。兵庫でも昨年末稲美町で、運転手が命を落とす事件が起きた。 兵庫県警は、神戸の警察署でタクシー強盗撃退の講習会を開いた。県警によると、効果的な護身術は運転席で大きく伸びをする要領で、背後の犯人に左手の手刀を浴びせることだそうだ。支払いのときには必ずシートベルトをはずして、体の自由を確保しておくことが大事だとも。 事件を受け、運転席に仕切り板を付ける動きが各地で広がり、在庫切れのところも出てきた。この仕切り板、首都圏では70%を超す設置率が、関西では30%以下にとどまる。コストもあるが、お客さんと会話がしにくいと言って嫌う運転手が少なくないと聞く。そのもてなしの心を、強盗犯は踏みにじる。 タクシー強盗に限らず、昨年末からコンビニや消費者金融などに押し入る荒っぽい事件が続く。不況時に凶悪犯罪が増えることは、警察庁の統計にも現れている。ただ今回は都市部にとどまらず、地方でも事件が相次いでいるのが気になる。 怪談の語り手、稲川淳二さんが言っていた。「幽霊やお化けは驚かすだけ。本当に怖いのは人間です」。人間には魔よけの札も効果がない。ひっつかまえて懲らしめるしかないか。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 9日 (金)

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詩人谷川俊太郎さんの「生きる」は繰り返す。「生きているということ いま生きているということ」。その言葉の後、ひと、愛、命を表現する。 この詩に言葉を続けたい、それぞれの「生きる」をつなぎ言葉を紡いでみよう-。こんな呼び掛けが大きく輪を広げ一冊の詩集になった。タイトルは「生きる わたしたちの思い」(角川SSC)。 幼いころにただじっと夜の海を眺めた思い出を「波の音を いつまでも 聞いてしまうこと」という言葉にした人。ひとの命は限りある時間の中にある。だから「触れた手の温かさに涙が出るということ」と続けた人もいる。 呼び掛けの場は会員制サイト。谷川さんの詩に引き寄せられるように一万を超す人が参加する。ネット上の付き合いだけで匿名のはずが、谷川さんを囲む座談会まで実現し本に載せた。絆(きずな)を求める人々の思いも紡ぎだす。 孤立していては生きにくい。この思いが、何とかしたいつながりがほしいと人々の背中を押すのかもしれない。東京の「年越し派遣村」に集まったのは職と住まいを失った数百人。解村後も温かい手は届いているのだろうか。 生きにくい、それ以上に生きさせない。ひとや命が粗末にされる時代が「生きる」ことへの賛同を集め、詩集としては異例の七万部を売る。手を差し伸べるひとが必ずいるということ-。そう言い切れる、安心できる社会にしたい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 8日 (木)

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同じ人間のやることだから、自分の身に置き換えて考えてみると分かりやすい。方針にせよ、発言にせよ、ころころと変わる時は確信を持てないときである。 総額二兆円の定額給付金は、典型例の気がしてならない。迷走を続けてきたが、今度は高額所得者に対して受給を促すという。麻生太郎首相は「人間の矜持(きょうじ)の問題」ととらえて、自発的な辞退が望ましいと主張してきた。まさに方針変更である。 そもそも苦しい生活を余儀なくされている人たちのための政策なのか、内需拡大による景気対策なのか、主目的があいまいなまま議論が進んできた。方針変更でどうやら後者に重点を置くことになる。 いまひとつぴんと来ない。国会議員も含めて、年収にして千八百万円以上の人が高額所得者に該当するのだが、一人一律一万二千円を基本とする給付金に刺激され、何かを購入する層とは思えない。 一方で職や家を失うなど、生活が急に苦しくなっている人たちが加速度的に増えている。こちらは、一人一万二千円ではとても足りそうにない。二兆円という巨費をばらまくのではなく どうすれば効果的に使えるか、今こそ考え直す必要がある。 政治家が好んで使う先人の言葉の一つに、日清戦争当時の外相陸奥宗光の<他策なかりしを信ぜむと欲す>がある。さすがに誰も定額給付金では、同じようなことを言えないだろう。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 6日 (火)

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 古く、そうした織物の生産地で、その地名がガーゼの呼び名になったとも言われるのが、現在のパレスチナ自治区ガザである。  その地獄絵図を思えば言葉もないが、おびただしい量のガーゼが血に赤く染まっていることだろう。イスラエル軍が昨年暮れから続けていた空爆に加え、ガザ地区への地上侵攻に踏み切った。  武装勢力のロケット弾攻撃の拠点をつぶすためだとイスラエルは言うが、一般市民にも大変な数の死傷者が出ている。今後、自治区内で食糧不足などが一層深刻化することも間違いない。誰かが今すぐ、軍事行動にブレーキをかけなければいけないと思う。  唯一、それができるのが米国だが、そんなつもりはさらさらないようだ。国連安保理による即時停戦の議長声明にさえ反対している。今回の攻撃自体、歴代でも、ひときわ親イスラエルの姿勢が明確なブッシュ大統領の任期中にという“駆け込み”に見える。  そもそも、片方に深く肩入れする米国が和平の最大の「仲介者」だという矛盾が、この問題のいつまでも好転しない要因の一つではないだろうか。一方の選手のセコンドがレフェリーも兼ねるボクシングの試合にフェアな展開など望むはずもない。  この上は、二週間ほどでブッシュ氏の後を襲うオバマ氏の姿勢に注目が集まる。しかし、この問題ではなぜか沈黙を守っているようだ。ただの現職への遠慮なのだろうか…。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 5日 (月)

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 きょうは小寒。二十四節気の一つで「寒の入り」である。正月休みで緩んだ体には寒さがこたえるが、官公庁や多くの企業では仕事始めでもある。そして通常国会が幕を開ける。異例の〝松の内召集〟である。  異例といえばきのう、年頭記者会見に臨んだ麻生首相の書き初めもあった。「安心」「活力」と書いて「安心して暮らせる日本。活力ある日本。この思いを込めたい」とも宣言した。昨年の漢字誤読もあって、今年は達筆を披露し〝失地回復〟を図ったのだろうとやゆする向きもあるようだが、意気込みはよしである。  だが、国会の先行きには数々の不安要素が待ち受ける。まずは、総額二兆円の定額給付金を盛り込んだ二〇〇八年度第二次補正予算と関連法案をめぐる攻防である。民主党は給付金を外した修正案を提出する構えで、自民党内にも「ばらまき」批判がくすぶる。  景気や雇用対策が急務とされる中、〇九年度予算も待ったなしである。野党の徹底抗戦が予想されるものの、年度内成立の可否は政権の命運を左右しかねない。審議が行き詰まれば、「話し合い解散」もと思うが、首相は会見で「考えてない」と明確に否定した。  季節はこの後、二十日の大寒を経て来月三日の節分まで「寒の内」が続く。この間、国会審議はどんな展開をたどるのか。寒を吹き飛ばすような熱い論戦になるのか。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 4日 (日)

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 馬にまたがった前田利長役の高岡市長を先頭に、鉄砲隊や足軽隊、腰元など戦国時代の衣装をまとった約二千五百人が高岡市街地から高岡古城公園まで約二・五キロを堂々と練り歩く-。  ことし九月十三日、高岡市は開町四百年を迎える。紹介した「入城大行進」は、当日のメーン事業として企画されたものだ。時代絵巻を見るようであり、市民だけでなく県民全体で楽しみ、節目の四百年を盛り上げて欲しい。  加賀藩二代藩主、前田利長は慶長十四(一六〇九)年、当時、関野と呼ばれていた台地に城を築いた。城とその一帯は中国の古典「詩経」の一節「鳳凰(ほうおう)鳴けり彼(か)の高き岡」から「高岡」と名付けられた。  以来、高岡は城下町、町民文化の町、そして商工業都市として発展してきた。利長が奨励した鋳物はやがて銅器やアルミなどの地場産業の振興に結び付き、「ものづくり」の町として有名になった。  JR高岡駅前に北陸地方で初めての地下商店街が完成し大勢の人でにぎわうなど、高岡市は昭和五十年代ごろまでは富山、金沢両市と肩を並べる都市だったが、最近は両市の間で存在感が薄くなっている。開町四百年を契機に再び高岡の「元気」を取り戻す方策を練り上げたい。そのためにも「大行進」など一連の記念イベントを成功させ、高岡を強く印象付けてほしい。  四百年を彩るイベントは、年明け今月十八日の「十八万人の『第九』公演」を皮切りに、「国宝瑞龍寺 冬と夏のライトアップ」「たかおか大茶会」「ものづくり城下町 高岡博覧会」などめじろ押しだ。  「高岡博覧会」は七月二十五日から八月二日まで高岡テクノドームで予定されており、高岡のものづくりの伝統から最先端技術までを一堂に集めるもので、早くも注目されている。  また、満四百歳を祝うとともに、先人たちの業績や労苦、市の軌跡などを紹介することで、五百年へ向けた将来像を探る手掛かりにしてもらおうと、本紙が毎月「高岡開町400年新聞」を発行する。  昨年の一年前イベントでは市や経済団体、市民グループなどでつくる実行委員会が企画した「総登城まつり」に約八千人が参加。市民のきずなが深まった。江戸時代の水上交通を再現した「馬下げ・川下げ」にちなむウオーキングには新市の一員となった福岡地域からも参加者があり、水運を通じたつながりを体感した。本番の記念イベントも市民の交流を深める機会にしてもらいたい。  イベントが一年限りで終わることを惜しむ声もある。開町四百年の盛り上がりを継続する方策に知恵を絞る必要がある。特に、中心市街地の商店街活性化に結びつけることが課題だ。例えば、「ゆるキャラ」で人気上昇中の「利長くん」の登場を増やすようなアイデアを含め、幅広く検討したい。  昨年は東海北陸道が全線開通し、高岡市をはじめ県西部各市と中京圏の距離感がぐっと縮まった。北陸新幹線の開業が五年後に迫り、新高岡駅(仮称)が県西部の玄関口として能登や飛騨との交流の起点になる可能性が大きいなど、高岡市を取り巻く環境が大きく変わりつつある。これらを同市が飛躍する転機にしてほしい。  戦災を免れた高岡市には、開町ゆかりの歴史がそろう。世界文化遺産の登録を目指す「近世高岡の文化遺産群」として自慢できる文化資産を誇りにしたい。「町衆」の伝統を引き継ぐ市民を中心に、守り育てた経緯を大切にしながら、開町記念イベントを足掛かりに高岡の魅力を大いに発信して欲しい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 3日 (土)

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「富山に来られ」。JR名古屋駅を巨大な広告看板が飾り、JR山手線には鮮やかな車体広告をまとった車両が走る。大都市圏や海外で、大々的な富山の売り込み攻勢が始まった。引っ込み思案の県民性は返上し、ふるさとを大いに自慢して、来県者を温かくもてなす機運を高めていって欲しい。  県が「観光振興元年」を掲げた昨年、追い風が吹いた。七月に東海北陸自動車道が全線開通し、中京圏からの観光客が大幅に増えた。五箇山合掌造り集落や高岡市の国宝瑞龍寺など、県西部を中心に各地で顕著に客足が伸びた。立山・黒部アルペンルートは入り込み客が百万人台を回復し、黒部峡谷鉄道のトロッコ電車も乗降客数が九十六万人を超え、減少傾向に歯止めがかかった。  東海北陸道の全通効果を維持するためには、今年一年の取り組みが重要になる。何度でも足を運びたくなるよう、富山の魅力を存分にアピールする必要がある。  その再訪率をみると、富山は七割以上と高い。富山を観光で訪れる人の多くがリピーターであり、県外の人にとっては、訪れてこそ分かる魅力にあふれた所ということである。これまでの宣伝不足は反省材料だが、一度富山を知れば、なじみ客になってもらえる可能性が高い。県観光課も「富山の実力に比して全体のパイはまだまだ小さい」とみている。初顔の旅行者をいかに増やすかが鍵だ。  県は今年夏から秋をめどに、観光振興戦略プランを策定する。富山らしい魅力創出○戦略的なPR○官民一体、県民こぞってのおもてなし環境の整備○国際観光の振興―の四つを柱に具体策を詰める。  北陸三県や東海各県との広域連携で集客力を高めるのも一つの方策だ。ただ、その効果を最大限にするには、県としての地力をもっと底上げする必要がある。単なる通過地とならないよう、個別の観光地がそれぞれ魅力に磨きをかけ、どうしたら満足してもらえるかを真剣に考えなければならない。  もてなしの心は、住民も意識したい。近年は団体旅行より、個人客が主流となっている。口コミやインターネットの情報を基に自由気ままなプランを立てる人が多い。既存の観光ルートを外れ、ぶらりと街歩きを楽しむ人もいるはずだ。街全体として、温かく迎え入れる雰囲気づくりが求められる。  この一年で期待されるのは、富山を訪れる欧米の旅行者の増加だ。県内で宿泊する外国人旅行者数は全国を上回る伸びとなっているが、これまでは台湾と韓国が中心だった。県の働きかけなどで大手旅行代理店の欧米旅行者向け商品に富山が加わることになり、発売となる春ごろから効果が表れるとみられる。  欧米の旅行者は滞在日数が比較的長い特徴があるという。現地から直接富山へ誘客するよりは、滞在日のうち何泊かを富山へ引き込む戦略が現実的だ。高山市や長野県のスキー場など周辺には欧米旅行者が多く訪れており、もうひと足延ばしてもらう策を考えて欲しい。  逆風もある。世界的な金融危機の影響が暗い影を落とし、円高基調が続けば、外国人旅行者の動きも鈍くなろう。仮にそうはなっても、前向きに考えたい。不況下には近場で旅のプランを練る人が増える。国内旅行者に富山を選んでもらえるよう売り込み、観光立県を確かなものにするいい機会と捉えて欲しい。  まず一度、足を運んでもらわねば話は始まらない。県は引き続き宣伝活動を効果的に、大胆に展開してもらいたい。県民一人一人も良き宣伝役となるのではないだろうか。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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2009年1月 1日 (木)

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「地上の観察はさておいて、私は天空を観察した」。ガリレオが著書「星界の報告」に書くくだりだ。天空は「神が造った神聖な世界」と信じられていた時代、そこを観察するなんてとんでもないことだった。 自作の望遠鏡で最初に見たのは、月だ。表面が滑らかで完全な球体とされていたが、実は起伏があり、でこぼこが目立った。「法外な喜びにあふるる心で多くの恒星や惑星をたびたび観測した」。そしてガリレオは地動説を確信する。 月に望遠鏡を向けたそのときから、ちょうど四百年になる今年は「世界天文年」。百四十カ国でさまざまなイベントがある。日本では四日、群馬県のぐんま天文台で天文年開幕を宣言し、全国各地で観望会を開く。会場に足を運べなくても、ベランダで夜空を見上げて、この一斉イベントの気分を味わいたい。 今年は天文現象が次々と起きる「天文当たり年」だ。皆既日食があり、土星は輪が見えなくなって、まん丸になる。さて、どう楽しもうか。幸い兵庫県は、世界でも指折りの観測環境がそろっている。十四の天文台、七カ所のプラネタリウム。たくさんのアマチュアグループも活動する。 冬は南の空にオリオン座が輝く。青白い光を放っているのは、おおいぬ座のシリウス。「冬の夜空はどうしてこんなにも賑(にぎ)やかに、きらきらと美しいのだろう。美しいというよりも実に立派である」。随想家の串田孫一さんは、そうつぶやく◆二〇〇九年、地上の先行きも気になるが、まずは美しい冬の夜、月に目を向けてみよう。そして、ガリレオの心の震えに触れてみたい。 にほんブログ村 健康ブログへ にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ ブログランキング・にほんブログ村へ

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