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隠岐諸島の一つ西ノ島に、摩天崖(まてんがい)と呼ばれる断崖がある。海面からの高さ約二百六十メートルは、一枚岩の絶壁として日本一という。その眼下に広がる日本海が、悲劇性をいっそう色濃くするようで、印象深い。公開中の話題作「私は貝になりたい」(福沢克雄監督)は、一市民が思いもよらない罪で戦犯とされ、絞首刑になる不条理を描いた名作のリメーク版だ。BC級戦犯の問題をこれほど的確にとらえた作品はないといわれ、主人公の豊松をSMAPの中居正広さんが熱演する。
シナリオを担当したのは、日本を代表する脚本家の一人、兵庫県市川町出身の橋本忍さんである。黒沢明監督「羅生門」で映画界へのデビューを飾った後、「七人の侍」「砂の器」など映画史に残る数多くの傑作を手掛けた。
そんな橋本さんがずっと心残りだったのが、「私は貝になりたい」。昭和三十三年、フランキー堺さん主演のテレビドラマが大きな反響を呼び、翌年、橋本さんの初監督となる映画化も決まった。だが脚本を読んだ黒沢監督にこう言われた。「これじゃ、貝にはなれないんじゃないか」。心にずしりと響かないという意味だ。
橋本さんは悩み続けた。長い闘病生活を経て、仕事を再開したとき、「足りなかったのは深い海」と気づいた。半世紀ぶりに脚本に手を入れ、福沢監督とともに見つけたのが、摩天崖だった。
九十歳を迎えてなお、書き続けることへの意欲はいささかも衰えない。「脚本を直せてほっとしたが、終わりというものは永遠にない」。スクリーンに人生をかけた脚本家のプライドと気骨がのぞく。
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