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2009年5月

2009年5月30日 (土)

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  瀬戸内町古仁屋から町営船に揺られ、1時間40分で与路島に着く。   加計呂麻島の南に浮かぶ離島の中の離島は周囲18キロ。   小さな島に1つしかない集落はサンゴの石垣が美しく、道行く人の交わす笑顔が印象的だ。   島民は4月末現在で117人だが、1950年代半ばまで1000人を超えていた。   過疎化の波の激しさを思う。   昨年までは5月の連休に舟こぎ大会があり、多くの来島者でにぎわったが、今年は主催する青壮年団が団員不足で解散したため中止になった。   舟こぎは木舟に8人が乗り込んで速さを競う。   奄美の夏の風物詩として昔から行われてきた。   「奄美大島行幸記念誌」は1927(昭和2)年、昭和天皇が古仁屋沖の特別艦に宿泊されたとき、天覧大会が開かれたと伝える。   8月に奄美市である大会には200チームが参加するなど今も盛んだ。   先月は「奄美舟こぎ協会」も発足した。   その一方、小さな集落では人口減とともに姿を消し、瀬戸内町で残るのはごくわずかだそうだ。   過疎化が文化の灯も消している。   与路区長の保島豊さんは「一度途絶えたのを復活させ続けてきたが、若い人が減れば仕方がない」と話す。   青壮年団の元団員からは頼もしい話を聞いた。   「歴史のある大会。来年は何とか開催したい」。   明日は与路島の隣にある請島で舟こぎがある。   与路からも参加するという。   復活に向け、力強い櫂(かい)さばきを見せてほしい。

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2009年5月29日 (金)

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  札幌のクラーク博士像の制作で知られる彫刻家・坂坦道(さかたんどう)さんの遺作約80点が、北海道の遺族から出身地の能登町に寄贈されたとの記事が目にとまった。   坂さんは1920年旧内浦町の恋路生まれ。   生家近くの海岸に立つ悲恋物語像の作者でもある。   札幌のクラーク像と能登の悲恋伝説像は一本の糸でつながっていた。   北海道には北陸出身者が多い。   ここにも、遠くふるさとを思い続けた人のドラマがあった。   クラーク博士像は北海道大学構内にある胸像と、観光地の羊ケ丘に立つ坂さん作の全身像と、ふたつある。   遠くを指さす坂さんのクラークは「少年よ、大志を抱け」のイメージ通りで、今や札幌のシンボルである。   クラーク博士は、新渡戸稲造や内村鑑三を育てた札幌農学校の基礎を築き、明治期の日本に与えた影響は大きい。   しかし、札幌在任はわずか8カ月だった。   78歳で亡くなった坂さんも、能登で過ごしたのは幼い日の10年でしかなかった。   教育や芸術の世界だけではないだろう。   師弟の絆(きずな)や、人間の精神的基盤を築くのは時間の長さではないとしみじみ思う。   ふるさとの持つ力とは何かとも考える。

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2009年5月28日 (木)

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  今年初めに封切された映画 「感染列島」 は、 強力なウイルス感染症のまん延で日本中にどんどん死者が広がるというストーリー。   国際線の機内でも上映されていたが、 あまりに生々しくて中止を決めたところもあるとか。   この映画では、 ウイルスの発生源は東南アジアのある島であることが突き止められ、 その島ではエビ養殖のためにマングローブの森を伐採していた。   藤竜也扮する研究者は 「生きるために宿主まで殺してしまうウイルスと人間は似ている」 とつぶやく。   ペスト、 天然痘、 スペイン風邪と、 人類を脅かしてきた感染症。   近年、 これだけ医療技術が進んだら駆逐出来そうなものだが、 それは思い上がりに過ぎない。   新しいワクチンで対抗しようとしても、 ウイルスの方も生き残りをかけている。    自ら変身し、 勝負はいっこうにつかないというわけだ。   今回の新型インフルエンザは幸いにも毒性が強くなく、 映画のような惨事には至っていないが、 安心は禁物。    戦いは半永久的に続く。    1世紀前、 何千万人が死んだスペイン風邪のようなものの再来の可能性だって十分ある。   今回の体験を十分学習しておくと共に、 もっと根本的には、 人類も 「生きるために宿主を殺す」 ようなことを厳に慎む。   そのことをウイルス達に示すことが、 大切なような気がする。

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2009年5月27日 (水)

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  ゴルフのスコアで標準打数のパーより一打少なければバーディー(小鳥)。   二打ならイーグル(鷲(わし))という。   鳥に例えられ、難易度とともに鳥の格も上がる。   三打少ないアルバトロスは、ホールインワンをしのぐ幻のショットといわれる。   大きな翼を広げ、グライダーのように悠然と洋上を舞う海鳥から命名されたという。   その海鳥アルバトロスの和名はアホウドリ。   英名の神々しい響きやスーパーショットの由来として鷲をもしのぐ海外での格付けと比べ、何と落差のある不名誉な呼び名だろう。   2㍍を超す長い翼ゆえに大空では卓越した飛翔(ひしょう)能力を発揮するが、その翼が災いして地上での動きは鈍い。   さらに警戒心が薄く、捕獲が簡単なことから「アホな鳥」として哀れな名を付けられたらしい。   哀れなのは名前だけではない。   良質な羽毛の原料として乱獲の歴史にさらされ、絶滅の危機にひんする悲劇の鳥だ。   繁殖活動が進む小笠原で、ひな15羽が無事巣立ったとの記事があった。   保護活動はもちろんだが、せめて名前だけでも変えてやれないものだろうか。  やっと巣立ったのに、生涯アホウ呼ばわりされるひなたちが気の毒でならない。

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2009年5月26日 (火)

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  北朝鮮で人工的な地震を感知、核実験実施か。   昨日は衝撃的なニュースが次々と飛び込んできた。   その後、北朝鮮自身が核実験を認めた。   北朝鮮は、他国から利益を得ようと脅迫による瀬戸際外交を繰り返してきた。   脅しのカードをどんどん強めるが、周辺国にはいずれ対話協調路線に帰り、歯止めが掛かると期待する向きがあった。   今回の実験は二〇〇六年十月に続く二回目だ。   国営朝鮮中央通信は「核実験は爆発力と操縦技術で、新たな高い段階で安全に実施した」「核兵器の威力をさらに高めた」と核開発能力を誇示する。   もはや脅威から目をそらせられない。   今年四月には「人工衛星」だと強弁して長距離弾道ミサイルを発射した。   国際社会の説得にも聞く耳を持たなかった。   核兵器搭載のミサイルが米国をはじめ、周辺国に撃ち込まれる最悪のシナリオが現実となるかもと恐れる。   脅威に対処する必要がある。   まずは圧力だ。   北朝鮮と友好国である中国も制裁強化への反対は難しいだろう。   しかし、圧力一辺倒では北朝鮮を追い詰め、かえって危険が増す可能性もある。   究極の解決方法は、核保有国を先頭に、地球上から核を廃絶する取り組みを進めるしかない。   核軍拡競争のむなしさ、恐ろしさをかみしめなければ、人類の破滅につながる。

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2009年5月25日 (月)

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  厚生労働省を分割する案が政府内で浮上している。   具体案をまとめるよう、麻生太郎首相が与謝野馨経済財政担当相に指示した。   消えた年金、医師不足、ワーキングプア…。   厚労省の担当分野で、難題や不祥事が次々に持ち上がっている。   厚労省には、暮らし第一のしっかりした官庁に生まれ変わってもらいたい。   国民の多くはそう願っている。   在り方を検討することそのものに異論はない。   ただし、いま持ち上がっている分割論には次の総選挙をにらんだ人気取りの思惑が透けて見える。   底の浅い議論で進めるようでは、成功はおぼつかない。   慎重な対応を政府と各党に求めたい。   麻生首相は「社会保障省」と「国民生活省」の二つに分ける案を示している。   役割を「医療、年金、介護、福祉」と「雇用、少子化、男女共同参画など」に整理・統合する考え方だ。   問題をここでは二点、指摘したい。   第一は、厚労省の組織と業務のどこに欠陥が潜んでいるかを検証しないまま、分割が打ち出されていることである。   年金記録問題は社会保険庁のずさんな体質から発している。   医師不足は、厚労省が医師育成の必要性をしっかり主張してこなかったことにも原因がある。   厚労省が役目を果たせなかったのはなぜか。   ここに切り込まないで組織をいじっても、暮らしの安心に道は開けない。   旧厚生省と旧労働省が一緒になって厚労省がスタートしたのは、2001年1月のことだった。   出産、子育て、就労支援、医療、年金…と、ライフステージに合わせて継ぎ目のない行政サービスを提供するのが狙いだった。   目的はどこまで達成されたのか、なぜいま分割する必要があるのか、納得いく説明はない。   問題点の第二は組織肥大化の心配だ。   二つに分ければ、大臣、副大臣、次官…とポストは増える。   焼け太りになりかねない。   かねての分割論者である舛添要一厚労相は、自分の仕事について「体がいくつあっても足りない。役割分担した方が楽だ」と言っている。   忙しいのは事実としても、副大臣など補佐役をうまく使ってこなすのも能力のうちだ。   厚労省の業務は少子高齢化、成長の鈍化といった構造的な課題を抱えている。   厚労省のあるべき姿は、社会の将来ビジョンと、その中での行政の役目を探る中から導き出されるはずのものである。   付け焼き刃の論議は有害無益だ。

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2009年5月24日 (日)

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  神々の神ゼウスは娘のアテナに、邪悪から身を守る盾を与えた。   アテナはこの防具に、見る者を石に変える蛇髪の怪物メドゥーサの首を埋め込み、攻撃力をも付加した。   ギリシャ神話に登場するこの盾の名はアイギス。   英名でイージスだ。   二〇〇八年二月の事故は衝撃的だった。   千葉県沖で海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船に衝突。   父子二人が死亡した。   切断された漁船のむごい映像が今も記憶に残る。   防衛省は当直責任者の三等海佐ら乗組員三十八人を処分した。   事故調査委員会の報告は三佐の判断ミスや監視の怠慢、戦闘指揮所との連携不足などを次々に指摘した。   初歩的ミスの連続、ずさんの極致だ。   半年前の訓練では、見張り不備を指摘されていたことも判明。   防げた事故だったのだ。   所属部隊は再発防止策としてチームワークの強化や指導徹底を挙げる。   いずれも、どこかで聞いた言葉だ。   国を守るべき自衛隊が国民の安全は守れず脅威とさえなる。   一九八八年の潜水艦「なだしお」の事故もそう。   多くの国民は疑問を感じている。   血税をつぎ込んだ組織がもろ刃の剣になっていないかと。   最新鋭のイージス艦だが、動かすのは組織と人。   専守防衛の組織ゆえ、メドゥーサの首の怖さは理解のかなたか。   イージス艦も国内での位置づけは護衛艦だ。   失われた尊い命はメドゥーサの意味を問い続ける。

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2009年5月23日 (土)

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  政府が新型インフルエンザの対処方針を改めたことを受けて、兵庫県と神戸市は一律休校措置を解除した。   週明けには学舎(まなびや)に主役が戻ってくる。   保護者や先生はほっとしているだろう。   今回の事態で、姫路の賢明女子学院は新しい連絡システムの真価が問われた。   それまで保護者は緊急時の電話連絡網に不安を抱いてきた。   個人情報保護のため、連絡先は後続の二人しか分からず、不在なら次に回せない。   先生も困っていた。   生徒名簿は学校で保管しており、休日の緊急連絡では何人もが出勤して連絡網から漏れた家庭に電話しなければならない。   周知に数時間かかることもあった。   欠点を補うため、二児の母親でもあるNTTデータの社員が考案した「子ども安全連絡網」を採用した。   保護者は三つの連絡先を登録しておく。   学校側がパソコンに打ち込んだメッセージは、まず携帯メールに送られ、返信がなければ指定の電話に自動音声で連絡する。   応答がない場合は、ファクスを送るといった仕組みだ。   個人情報はNTTデータで管理する。   先週末、同校は「週明け、神戸在住の生徒は自宅待機を」と伝達した。   しかし、日曜に姫路で感染者が確認された。   深夜に一週間の休校を決め、連絡網で発信したのは月曜の朝六時。   結果が案じられたが、中高生約千人のうち登校してきたのは七人だった。   わが子を守りたいとの思いが作らせたシステムが、学校と家庭をつないだといえる。

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2009年5月22日 (金)

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  先日亡くなった三木たかしさんの曲に「北の蛍」がある。   阿久悠さんの「ホーホー蛍翔(と)んで行け」の歌詞が、森進一さんの哀愁を帯びた歌声と相まって心に染み入る。   蛍にまつわる話では、知覧特攻基地から出撃した宮川三郎軍曹のエピソードが切ない。   最後の夜を富屋食堂で過ごした宮川軍曹は、鳥濱トメさんに「蛍になって帰ってくるよ」と言い残した。   出撃した夜、1匹の蛍が食堂に入ってきてみんな涙したという(「ホタル帰る」草思社)。   蛍は成虫になって10日しか生きられないといわれる。   華やかに見える光の乱舞も、実は命を削るようにともしている。   そのはかなさに詩情が生まれ、人生が投影されるのだろう。   楽しい蛍もある。   鹿屋市の団体職員藤田道夫さんは5年前から、知人20人ほどを自宅に招待して観賞の宴を催す。   面白いのは、客がもともと知らぬ者同士ということだ。   藤田さん宅の近くが蛍のスポットとして、新聞に紹介されたのがきっかけだった。   現地は目印になるものがない山あい。   道に迷った遠方の訪問者を案内し、観賞後は自宅の夕食に招いた。   その初対面での交流が楽しく、もてなしの輪を広げていったという。   県内各地で蛍の話題が聞かれるようになった。   幽玄の世界を遊ぶもよし、光に思いを重ねるのもよし。   闇の中で定まらぬ光の軌跡を追いながら、短い自然の営みをいとおしみたい。

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2009年5月21日 (木)

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  「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」。   中国・後漢の光武帝から奴の国王に与えられたとされる金印には、五つの漢字が陰刻されている。   十八世紀後半に福岡県志賀島でみつかり、「後漢書」の記述が裏付けられた。   光武帝の在位期間は二五―五七年。   日本人はおよそ二千年前には漢字と遭遇していたことになる。   その後古代の人々は、日本語を漢字で書きあらわす方法を発見した。   漢字の音訓を借用して、大和ことばを表記する万葉仮名である。   八世紀前半には独自の漢字を創造するまでになった。   長屋王邸宅跡の発掘調査では「鰯(いわし)」という文字を記した木簡が出土している。   中国にはない漢字だ。   漢字の偏と旁(つくり)からカタカナ、草書体からひらがなというより簡便な文字も作った。   大島正二さんの「漢字伝来」(岩波新書)は、古代の日本人がいかに漢字を自家薬籠(やくろう)中の物にしたかを専門家の立場で解き明かしている。   古代ばかりではない。   現代にも思うがままに、漢字を使いこなした人物がいる。   というよりも利用したというのが適切だろう。   背任容疑で逮捕された日本漢字検定能力協会の前理事長だ。   記者会見では「日本文化を支えていくものは国語。その基本にあるのは漢字」と話していた。   確かにそうだ。   文字を持たなかったわれわれの祖先は漢字から生まれたさまざまな文化をはぐくんできた。   だからこそ、前理事長の行為は許せない。

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2009年5月20日 (水)

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 頭は猿、体は狸(たぬき)、手足は虎、尾は蛇―そんな怪物「ぬえ」が、京を跋扈(ばっこ)していた。  それを退治したのが源頼政。  彼はそのほうびとして、以前より思いを寄せていた宮中の美女・菖蒲前(あやめのまえ)を賜ることになった。  ところがちょっと意地悪をされた。  同じ格好をした12人の中から菖蒲前を選び出せというのだ。  間違えては末代までの恥だし、すんなり当ててしまっても興をそぐと考えたのだろう。  彼はとっさに歌を詠んだ。  「五月雨に沢べのまこも水たえて いづれあやめと引きぞわづらふ」。  いずれ劣らぬ美女なので困ります、というわけだ。  おかげで彼は無事に菖蒲前を賜った。  この歌が「いずれアヤメか、カキツバタ」の由来になったとされる。  花の季節を迎えたものの、アヤメとカキツバタの違いが分からない人は、わが身を含めて少なくないだろう。  同じアヤメ科で多彩な色が特徴のジャーマンアイリスと並べても、紫色のよく似た花をつけていたなら、見分ける自信はとんとない。  でもそれでもいいのではないだろうか。  アヤメだろうとカキツバタだろうと花は花。  違いが分かるに越したことはないが、その美しさに感心し、花を楽しむ心を持つ方が大事なのだと思う。  しかし、あえて区別することが大事な場合も世の中にはある。  国政選挙もその一つだ。  政党や政治家に違いを見いだし、これというのを選び出さなければならない。  美しき花の中から選ぶのか、ぬえの中からなのかはともかく、確実にその時は近付いている。

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2009年5月19日 (火)

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  仏の女優カトリーヌ・ドヌーヴが主演した映画「シェルブールの雨傘」は1964年に封切られた。   20代だったドヌーヴの輝く美しさと、しゃれた音楽でヒット作になった。   制作45年の今年、デジタルリマスター版が日本で作られた。   この映画は、セリフにすべてメロディーが付き、語りは一切無かった。   演奏されたテーマ曲は、いまもラジオから流れる。   ミシェル・ルグランの音楽は長い人気を保っている。   ドヌーヴが演じた主人公らは母親が店主の傘店の嫁である。   その店に展示された傘は、とてもカラフルだった。   日本では地味な色の傘がほとんどだったころだ。   ピンクやワインレッドの傘は女性でも持っていなかった。   雨降りは、気持ちが落ち着くから好きだという人ももちろんいる。   しかし、足元が濡れるし、雨がうっとうしいと感じる人は少なくない。   そんな時に頭上にかざす傘が地味な色合いでは、気持ちがさらに沈む。   映画に出てきた色彩豊かな傘がフランスには昔からあったのだとすると、せめて目で明るさを楽しむ知恵のたまものかなと想像する。   そうした知恵はまねすればいい。   最近は日本でもカラフルな雨傘がたくさん店頭に並んでいる。   沖縄と奄美が梅雨入りしたと気象庁が発表した。   梅雨が無いとされる本道にも蝦夷梅雨と呼ぶ長雨の時期がある。   今年は明るい色の傘を買って、カラフルな気持ちで雨の季節をやり過ごすのも悪くないなと思う。

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  神戸市で、県立高校に通っている生徒が新型インフルエンザに感染していることが分かった。   国内での感染判明は5人目だが、国内で発生が確認されたのは今回が初めてである。   これまでの感染者は、海外から帰国した際の水際検疫で発見されていただけだった。   国内での感染者発生が確認されたことを受けて、国の行動計画は「海外発生期」から「国内発生早期」に引き上げられた。   現行の水際対策に加え、国内での感染拡大を抑えるための動きが加速する。   感染が判明した生徒は海外渡航歴がないことなどから、国内で感染した疑いが濃厚だ。   新型インフルエンザのウイルスが空港などの検疫をすり抜けて国内に侵入し、すでに人から人への感染が広がりはじめていると考えなくてはならない。   感染の拡大を最小限に抑えるために、医療体制の整備などを急いでもらいたい。   二次感染の恐れもあるとして厚生労働省は感染者の最近の行動や、接触者の状況を確認するため、担当者を現地に派遣した。      今回見つかった生徒のほかに同じ高校で17人が体調が悪いと訴えており、神戸市が健康状態を確認している。   感染ルートや濃厚接触者を特定して、隔離などの対策を施すことが対策の第一歩である。   解明を急いでもらいたい。   兵庫県と神戸市はそれぞれ対策本部を設けて対応を協議。   神戸市は市内の一部で7日間の市立学校の休校や人が集まるイベントの中止などを決めた。   感染した生徒の通う高校も全生徒に自宅待機を求めている。   このウイルスの病原性はそれほど強くないとされているが、感染力は強い。   ほとんどの人は免疫がないとされており、感染が広がれば爆発的に拡大する恐れがある。   人と人との接触を極力減らす措置は、過去の新型インフルエンザ発生時に被害拡大を食い止めるのに有効だったとされている。   自宅待機措置などは生活を一部制約することになるが、当面はやむを得ないだろう。   感染ルートが全く分からない現状では、神戸市やその周辺以外は大丈夫だろうと安心はできないと思う。   他の都道府県でも外出時は人込みを避けたり、帰宅後うがいや手洗いを徹底したりするなど、感染の危険をできるだけ減らすことを心がけて欲しい。   こうした個人レベルでの自己防衛策が、国内全体の感染者数を抑えることになり、医療機関などの負担を軽減することにつながると思う。   あくまで冷静に対応することが重要だ。

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2009年5月17日 (日)

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  モーツァルトのオペラ「魔笛」では、昼の王ザラストロと夜の女王が支配権をめぐって対立するのを発端に、さまざまなドラマが繰り広げられる。   これを日本の政治に例えれば、政権交代を悲願に慌ただしい日程で代表選を行った民主党と、あの手この手で政権維持を図ろうと腐心する自民党の「対立」といえるだろうか。  その民主代表選では、「魔笛」の主要キャラクターである鳥刺しパパゲーノにふんして歌を披露したこともある鳩山由紀夫氏が、大方の予想通り勝利した。  クラシック音楽の鑑賞が趣味だそうだ。  しかしこれからは、ゆったりと音楽を聴く時間も取れなくなるに違いない。  日本のリーダーとしてふさわしい人物かどうか、鳩山新代表の一挙一動に注目が集まるからだ。  今後つきまとうであろう「小沢院政」批判をどうかわし、政権交代への確かな道筋を立てていくのか。  待ち受ける試練は並大抵のものではないだろう。  お気楽者のパパゲーノのように「試練なんて乗り越えなくても全然平気」では済まされない。  克服しなければならない試練は、私たちにも降りかかってきている。  初の新型インフルエンザの国内発生が神戸市で確認された。  身近なところで人・人感染の拡大が心配される厳しい状況ではある。  心はざわつくが、疑心暗鬼になるのではなく、冷静な対応を心掛けてほしいものだ。

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2009年5月16日 (土)

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  酒好きにはビールがうまい季節である。   「三つ星かざして高々とビールに託したウチナーの」とBEGINが歌う沖縄のオリオンビールが、今月で販売開始50周年を迎えた。   米軍統治下の沖縄で1957年に会社設立した。   創業者の具志堅宗精(そうせい)は、経済復興には製造業を興す必要があるという信念を持っていたという。   「オリオン」の名は県民の公募で決め、59年に製品を発売した。   トレードマークの三つ星は、沖縄を支配した米軍の現地最高責任者の象徴からだという。   発売2年で米軍基地へ出荷しているところをみると、当時の社会状況を踏まえた、したたかな判断もうかがえる。   復帰後は、沖縄に適用された税制優遇の恩恵で「県民ビール」の地位を固める。   全国シェアは1%にも満たないが、軽いのどごしで根強い人気を持つ。   1県1工場にこだわり、観光客にも「沖縄で飲んでこそうまい」と評判だ。   先の歌は「夢と飲むからおいしいさ」と続く。   元は県内限定のCMソングが全国で歌われるようになった。   焦土から立ち上がった沖縄の人々をたたえる陽気な歌詞が好まれるのかもしれない。   沖縄は37年前のきのう日本に復帰した。   「アメリカ世」から「ヤマト世」への時代を生き抜いたオリオンの半世紀は、激動の戦後沖縄と重なる。   この日を、理想を持って苦難に当たってきた人々に敬意を表し、沖縄を思う日としたい。

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2009年5月15日 (金)

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  エコと名がつくと、地球温暖化防止に貢献できそうで、いいことずくめに思える。   まあ、そうには違いないのだろうけれど、モノを買うことが前提となると、この不況のご時世に財布の軽さがどうしても気になる。   きょうから始まった「エコポイント」は、省エネ家電を買うともらえるポイントを次の買い物で使える制度だ。   大手量販店をはじめ広く普及している買い物ポイント制の政府版だと思えば分かりやすい。   対象になるのは、省エネ性能が優れているエアコン、冷蔵庫、地上デジタル放送(地デジ)対応テレビ。   家電店に行けば目印の「エコポイント対象商品」のマークを付けて展示しているから簡単に見分けがつく。   電力を節約できる新製品の使用が増えれば、日本全体の二酸化炭素排出量が減り、温暖化防止に役立つ。   加えて、家電製品の買い替え需要が進めば消費刺激効果も表れ、不況脱出への景気対策にもなると期待される。   いいことだなあ、とは思うが、わが家の家電製品は買ってから数年しかたっていない。   まだ、十分に働いてくれている。   それに日々の暮らしを考えると、高額な新製品を買うだけの余裕が家計には乏しい。   政府の施策は、国民の財布を当てにして業界を助ける意図が見え隠れしているような…。  と、言ったら勘ぐりすぎか。   この際、無理しても買い替えるかどうか、家人とじっくり相談しよう。   買わない自由だってあるのだから。

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2009年5月14日 (木)

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  ヨーグルトが日本で作られるようになったのは大正時代。   実家が牧場を営んでいた芥川龍之介が、当時のバルカン戦争を引き合いに宣伝コピーを書いている。   「ブルガリア兵が勇敢なのはヨーグルトのおかげ」。   勇敢になったかどうかは知らないが、乳酸菌が腸の中の悪玉菌を抑える、という作用はあるらしい。   その後、広島のメーカーが国内初の工場生産を始める。   全国的なブームのきっかけとなったのは大阪万博だそうだ。   ブルガリア館で出された試食品が人気を呼んだという。   ところが本家のブルガリアでは伸び悩んだ。   社会主義体制が終わり、ファストフードが都会になだれ込む。   「食のグローバリゼーション」が揺さぶるのは、自家製ヨーグルトを軸とする伝統的な食生活。   それに合わせたように肥満の人が増えてきた。   幸か不幸か、この経済危機で「ヨーグルト回帰」の流れが生まれているそうだ。   素焼きのつぼに牛乳を入れて発酵させる。   昔ながらのやり方だ。   少しでも倹約しようと考えたら、そこに安くて風土にも合った伝統食があった、ということだろう。   まさしくスローフード。   私たちも、周りを見渡せばまだまだ忘れたものがあるかもしれない。   そういえば「手前みそ」はもともと、わが家の手作りの味を自慢する言葉だったが…。

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2009年5月13日 (水)

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  大ニュースが起きると、よその出来事が目立たなくなる。   「小沢代表辞任」で「森光子さんに国民栄誉賞」がいささかかすんだ。   「この身をなげうつ」と悲劇の主人公を演じる政治劇も面白いが、強い感動を呼ぶのは「放浪記」上演2000回という女優魂である。   加賀・山中座の名誉座長で、「山中節」を愛する人でもある。   節目の舞台の後、森さんは苦難の時代に作った句を披露した。   「あいつよりうまいはずだがなぜ売れぬ」。   芸能人に限らず、誰もが心に抱く思いであろう。   身の不遇を嘆くのは簡単だが、それをバネに飛躍するのは容易ではない。   「放浪記」の初演は1961(昭和36)年。   その8年後に小沢代表は政界に入り、長く表や裏の主役を演じてきた。   降り掛かった献金事件も、森さんの句になぞらえるなら「あいつらもやってるはずだがなぜ辞めぬ」か。   「説明責任」を求める声が依然聞かれるが、説明できる話なら、とうに済ませていただろう。   政治の世界は分かりにくい。   裏があり、裏の裏もある。   森さんの舞台は、なお続く。   感動とは無縁な分かりにくい政治劇も、幕が降りる気配はない。

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2009年5月12日 (火)

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  囲碁は白石と黒石で地を囲い合い、その合計が多いほうの勝ちとなる。   古来、武将たちもたしなんだ。   戦国模様になぞらえれば「知的な陣取り合戦」といっていいだろう。   平成20年以降の政界では、囲碁が大好きな小沢一郎氏を大将とする最大野党民主党が、一時は広大な模様を張った。   与党自民党の大将が安倍、福田と二代続けて腰砕けとなり、つまりは布石を誤ったせいでもあった。   失着が伝染したのか。   麻生首相に代わった自民党は劣勢を増したように見えたが、西松建設献金事件が秘書に飛び火した小沢氏が打つ手を誤った。   潔白を主張するあまり党首に固執しすぎた。大局観を欠いた。   小沢氏の碁は「大局観がよくて独創的」と評される。   政界陣取り合戦でも、自著のタイトルにもある「剛腕維新」を目指し、大局観に立って独創的な強手を繰り出してきた。   献金事件の対応で疑問手が出た。   おかしな手を打ったのに「筋がいい」とお偉いさんをヨイショする世間一般同様の光景が、民主党内でも見られたのだろう。   党最高顧問の渡部恒三氏が「ゴマスリばかり」とぼやく一幕もあった。   世論調査で民主党の支持率は下がり続け…。   きのう小沢氏は代表辞任を表明した。   総選挙は「このままでは細碁も」の声が出始めていた。   民主党内には本音部分では安どの空気が、自民党にはがっかりの空気が、とも報じられる妙な構図の中、ここから本当の陣取り合戦が始まる。

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2009年5月11日 (月)

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  最長では十六連休もあったというゴールデンウイークが終わった。   ただ、楽しいはずの行楽でも、その間、家に残したペットがどうしているか、気が気でなかった人もいたことだろう。   そんな愛好家の間で話題を呼んでいるブログがある。   姫路セントラルパークの「動物相談室」だ。   もともとは、野生や園内の動物についての質問を受けていたが、最近はペットの相談が目立つようになったという。   この連休中には「ウサギの鼻を鳴らす音が変」や「子犬が砂利を食べるが大丈夫?」「ヘビの拒食の原因は」などの相談がメールで寄せられたそうだ。   ウサギの回答は「『ブーブー』だと正常だが、『ブスブス』『ズーズー』なら病気の可能性も」。   犬の砂利は「人の子どもと一緒で好奇心が旺盛。変な物を口に入れたら、かまれないように指で取り除いて」との助言だった。   米国の日本人学校の生徒からネットを通じて相談が届くこともある。   内容に応じて獣医師や飼育員約四十人が回答に当たっている。   そんな丁寧さも受ける理由の一つだろう。   アクセス数は開設から約一年半で十五万件にも上るそうだ。   「病院に行くべきか迷い、別の獣医師の意見を聞くべきかにも悩む。その姿がメールの向こうに見える」と奥田和男園長は話す。   なかには年金生活になり、これまでのように猫を病院に連れていく経済的余裕がなくなった、と嘆く人もいる。   ペットの存在感は高まるばかりのようだ。

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2009年5月10日 (日)

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  「着地」型の観光というのがあるそうだ。   これまでのツアーの多くは都会の旅行会社が企画し、広告で集めた客を送り込むパターンだ。   つまり「発地」型だった。   その逆で、受け入れ側が地域資源をネタにプランを練り、客を呼ぶ。   「スローツーリズム」と銘打って、中国運輸局が各地の例を紹介している。   山あいの隠れ里で、あい染めや炭焼きをやってみる。   石見神楽の里で、面の絵付けや紙すきを教えてもらう。   海辺の町では、魚のおろし方の手ほどきを…。   キーワードは「体験」や「小人数」だろう。   知らない生活に触れれば、興味がわく。   話も弾んで、それが思い出として刻まれる。   「旅の充実度は、地域の人との会話の長さに比例する」というのは、古賀学松蔭大教授の説である。   団体ツアーは、安くて効率的に観光スポットを回ることができる。   だから人気は根強い。   ただ地元の人と立ち話をする余裕はなく、迎える側も営業用の会話になりがちだ。   そのすき間から生まれたのが、着地型だろうか。   旅の達人、永六輔さんが書いている。   「客に育てられる宿があり、宿に育てられる客があるように、よい旅は両者がつくり出すもの」。   宿は「迎える側」と言い換えられる。   スローツーリズムとは、ゆったりと足を地に着けた旅の姿でもあるといえるのではないだろうか。

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2009年5月 9日 (土)

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 政府の宇宙開発戦略本部の専門調査会が、宇宙開発利用の国家戦略となる「宇宙基本計画」の原案をまとめた。  意見公募(パブリックコメント)を踏まえて今月末に正式決定するという。  昨年成立した宇宙基本法に基づき、日本の宇宙政策の基本方針を従来の「研究開発中心」から、宇宙で得た情報の「利用重視」へと転換するものだ。  地球環境観測や気象観測、資源探査、通信など宇宙開発に伴う先端技術や情報の利用は、産業や科学の分野だけでなく社会や日常生活の面でも、年々重要性を増している。  高度の性能をもつ衛星による情報収集は、地球規模で広がる環境汚染や環境破壊、災害、テロなどの防止に役立ち、国際貢献にもつながる。  その意味で「利用重視」を国の戦略として明確に打ち出すことに異論はない。  宇宙利用による技術開発や宇宙ビジネスの国際競争力強化は、技術立国を目指す日本が取るべき方向でもある。  基本計画原案では、10年先を見通したうえで2013年までの5年間の取り組みとして、環境・気象観測、宇宙太陽光発電、有人宇宙活動など9分野で具体的な開発利用計画を掲げている。  いずれも有用な計画ではあろうが、多様で多岐にわたる計画すべてを5年間で実行するには、技術面だけでなく財政的な裏付けも欠かせない。  計画どおり実施するとすれば、5年で34基の衛星打ち上げが必要で、関連予算は現行の宇宙開発関連予算の2倍以上に膨らむという。  厳しい財政状況を考えると、有用性や効果を吟味して実施の優先順位を付けざるを得まい。基本計画の正式決定までに調整が必要な課題だろう。  これとは別に、宇宙の開発利用で留意しておかなければならないのは、基本計画で推進する9分野に安全保障分野への利用強化が盛り込まれたことだ。  宇宙基本法施行によって、非軍事目的に限定してきた日本の宇宙利用も「防衛目的」の利用が法的に可能になった。  それを受けて、計画には現在3基の情報収集衛星を4基に増やすことや、弾道ミサイル発射を探知する早期警戒衛星のセンサー研究が盛り込まれている。  早期警戒衛星を保有するかどうかは防衛当局の判断に委ねるとしているが、基本法施行で「非軍事原則のたが」が外れたいま、「防衛目的」が拡大解釈され、防衛政策の大原則である「専守防衛」を逸脱する危うさがつきまとう。  基本法の第一条に宇宙開発は「憲法の平和主義の理念」を踏まえると明記したのは、「防衛目的」の拡大に歯止めをかけるためと解すべきだろう。  宇宙利用計画も「原則は平和利用」という基本法の精神に沿うものでなければならない。「防衛目的」という名の軍事利用には極力抑制的であるべきだ。

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2009年5月 8日 (金)

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 自宅の近くや通勤道周辺の田に、幾つかレンゲの群落がある。  清楚(せいそ)な薄紫のじゅうたんが心を和ませてくれる。  この連休、岡山総社市の吉備路れんげまつりもにぎわった。  レンゲが属するマメ科植物の根には根粒菌がいて、空気中の窒素をとらえて固定する働きがある。  レンゲを枯れないうちに土にすき込めば肥料になり、作物の生育を助けてくれる。  中国原産でかの地では「紫雲英」と書き表す。  字面が何とも美しい。  日本に入ってきた時期は定かでないが、平凡社新書「ネイチャー・カレンダー」によれば十八世紀初め、貝原益軒が著した「大和本草」に既に広く親しまれている様子が記されているそうだ。  緑肥に利用され始めたのは江戸中期以降という。  明治時代には政府が奨励し、全国に広がった。  その後、化学肥料の普及で姿を消したが、有機農業が注目されて近年復活しつつある。  地域おこしに活用するところも多い。  カエルもアキアカネもヒガンバナも、多くを田んぼが育てている。  日本の身近な自然は、人々が昔から営々と田畑を耕してきたことではぐくまれた。  田のレンゲを見ていると、農業と自然が一体であるだけでなく、互いが支え合っていると感じられる。  環境との共生は簡単ではないけれど「日本人なら何とか」と希望がわいてくる。

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2009年5月 6日 (水)

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 バラの花びらがちりばめられたひつぎの中には、ギターのピックとともに自転車に乗るときのウエアも納められていたという。  自転車好きの故人をしのんでのことである。  自転車はブルースだ。底ぬけに明るく目的地まで運んでくれるぜ。  著書『サイクリング・ブルース』では、この人ならではの言い回しを楽しむことができる。  五十八歳で亡くなったロック歌手の忌野(いまわの)清志郎(きよしろう)さん。  一昨日、親交の深かった知人らが参列し、葬儀が営まれた。  『雨あがりの夜空に』など数多くのヒット曲を持つだけでなく、派手な衣装やどぎついメーク、そして何よりも「愛し合ってるかい?」の決めぜりふで世間に知られていた。  自転車とは一見、意外な組み合わせなのかもしれない。  九年ほど前に「雪山でなだれに巻き込まれた息子を、八十歳の父親が吹雪の中を捜し回って救出した」とのニュースを耳にしたのが、自転車にのめり込むきっかけだった。  何と自分には、子どもを助けられるだけの、そんな体力が備わっているのだろうか。  ならば自転車で試してみようと思い立ったのである。  自転車に乗る姿から「カッコイイぜ、オヤジ!」と思わせ、威厳を保つ願望もあったようだ。  本人は「甘かった」と残念がっていたが、そんなことはない。  ロック歌手、自転車愛好家、父親として十分にかっこいい生き方だった。

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2009年5月 5日 (火)

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 通行料金の大幅値下げで連日大渋滞の高速道路や、新型インフルエンザの緊張感に包まれる空港。  異例の状況下での大型連休も、きょうの「こどもの日」で大詰めに向かう。  こどもの日が制定されたのは戦後間もない一九四八年のこと。  趣旨には、子どもの人格を重んじ、幸福を図ることなどがうたわれている。  子どもたちの健やかな成長を願うとともに、平和で豊かな日本の明日を託す期待感がにじむ。  「端午の節句」でもあるこの日にちなんだ食と言えば、ちまきや、かしわもちがある。  ちまきは真菰(まこも)など香り高い葉で包んだ厄よけの菓子として、カシワは新芽が出るまで葉を散らさず家系が続く縁起の良さが好まれた。  しかし、いまの子どもを取り巻く環境は厳しく複雑だ。  児童虐待や捨てられる乳幼児は後を絶たない。  少子化による家族の期待の高まりが子どもの負担感を増す。  小学生では、学年が進むにつれて自分を好きでなくなるとの調査結果もある。  子どもから夢や自信を奪わないためには、どうすればよいのか。  児童読み物作家の山中恒さんは、身近にあこがれの対象が必要だとした上で、それは「親だ」と言う。  なかなか難しいことだが、子どもは親が思う以上に親を観察し、信頼度を探っている。  まずは、わが子と向き合ってみよう。

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2009年5月 4日 (月)

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 長生きするロックスターはどれだけいるのだろう。  元ビートルズのジョン・レノンは40歳、天才ギタリストと称されたジミ・ヘンドリックスは27歳で亡くなったが、そういう生物学的な意味ではない。  ロックスターはヒット曲を生み出し、スターと呼ばれるようになる。  本人はその曲を大事にするし、ファンもコンサートで聴きたがる。  新曲で引きつけるよりもはるかに楽だから、いつしかファンの名の下に過去の自分にすがるようになりかねない。  人には老いが訪れる。  それを自覚した時、過去を支えに生きるようになるというのは世間ではよくある話だろう。  しかしロックは戦ってこそロック。  過去の自分と戦うのをやめた人は、もはやロックスターではない。  その点、58歳で亡くなった忌野清志郎さんは、生涯ロックスターだった。  「雨あがりの夜空に」「パパの歌」などのヒット曲を持ちながら、それにすがらなかった。  反原発ソングやロック調「君が代」で憂き目を見ても、戦うことをやめなかった。  病で倒れても、新しい自分であろうとした。  彼のエッセーをまとめた著書「瀕死(ひんし)の双六(すごろく)問屋」(小学館)に、こんなくだりがある。  「少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい」。  いくつになっても新しい自分を求めていく。  体や能力が老いたとしても、心まで老いるかどうかは自分次第だ。  戦い続けたロックスターよ、今は安らかに眠って欲しい。

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2009年5月 3日 (日)

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 その土地の風土や歴史に根差した方言は興味深い。  一時、東京の女子高生の間で起きたブームは過ぎたが、方言への関心は根強いものがある。  そうした方言を売りにしているのが、日本国憲法の前文を、各地のお国言葉で表現してみようと始まったブログだ。  呼び掛け人は高知県の女性である。  これまで四十七都道府県の多くから「翻訳」が寄せられた。  一つの県から複数の訳文が届くこともあるという。  「日本国民は、恒久の平和を念願し」が名古屋弁だと「うちら日本人は平和が続くことをどえりゃー望んどるがね」。  土佐弁では「わたしらあは、この先ずうっと平和でおりたいいうて、こじゃんと強うに思うがです」となる。 何とも心強い。  中には、どうにも理解し難い言い回しもあるが、憲法というイメージから来る堅苦しさはみじんもない。  むしろ言葉の持つ温かさや、そこからにじみ出る土地柄に、思わずほっとする。  新潟の方言も多様だが、「おらっては、なーご平和が続くの、すっげねごてるこてさ」といったところか。  ソマリア沖などへ自衛隊派遣を可能にする海賊対処法案が今国会で成立する見通しだ。  海賊対策に乗じた武器使用基準の拡大と海外派遣が、憲法九条を空洞化させるとの懸念は強い。  自民党有志は北朝鮮のミサイル基地への攻撃能力を持てるかどうかを検討する勉強会を始めた。  来年五月には、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が施行される。  三日は憲法記念日。  憲法を関西弁に言い換え、心の中でそっと唱える。  きっと平和がいとおしく感じられる。

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2009年5月 2日 (土)

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 小アジアからイベリア半島に至る広大な版図を支配した古代ローマは、王政から共和制を経てアウグストゥス皇帝時代に帝政が始まった。  その間、政治を動かす大きな役割を担ったのが元老院である。  ローマの歴史を「ローマ人の物語」に書き紡いでいる作家塩野七生さんによると元老院議員は、有力者から選ばれるのが通例だった。  しかし、その地位は世襲ではなく、求められたのは識見、力量、行動力、人望だったという。  さて、世襲議員が大手を振るっている日本の国会で〈識見、力量、行動力、人望〉に秀でた議員はどれほどいるのだろう。  これらの資質の有り無しは、自己採点ではなく、公平な第三者が評価しなければならない。  その評価の機会が選挙だ。  しかし、「ジバン、カンバン、カバン」の3バンが必要とされる日本の選挙で、高い志と能力を備えていても世襲候補に太刀打ちするのは容易ではない。  そんな実情に風穴を開けるのが世襲制限だろう。  間近に迫った総選挙のマニフェストに世襲制限を盛り込む動きがにわかに高まっている。  民主党は政治改革推進本部が、同じ選挙区から親族の立候補を認めない方針を決めた。  賛否が乱れる与党も調整を進める。  世襲議員は自民が麻生太郎首相をはじめ党全体の約3分の1、民主も小沢一郎代表、鳩山由紀夫幹事長ら実力者が世襲だ。  いまや特権と化した世襲の扱いをどうするか、選挙の争点がひとつ増えそうだ。

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2009年5月 1日 (金)

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  晴れた朝、自転車にまたがりペダルに足を掛ける。   最初のひとこぎと同時に全身に風を受ける、その瞬間が気持ちいい。   ペダルをこぐうち体が温まり、運動になっていることを実感する。   「メタボ」予防で、自転車通勤を始めた人も多いと聞く。   自転車通勤には楽しみもある。   しばらく前なら、川沿いを走りながら満開の桜を堪能できた。   今は新緑の木々の何ともいえない新鮮さが美しく感じられる。   さらに、ガソリンもいらなければ排ガスの心配もない。   そんな環境にも優しい自転車に着目した富山市が十月から、通勤や買い物での利用を想定した「登録制レンタルサイクル事業」をスタートさせるという。   百五十台を用意するそうだ。   事前に登録手続きをすれば、中心市街地に十五カ所ほど設けられる専用ステーションで自転車が借りられるそうだ。   使った後は、どのステーションででも返却できるという。   公共交通機関や徒歩で最寄りのステーションに行き、通勤や買い物先の近くで返すという仕組みらしい。   マイカーから自転車へ転換を促すのが狙いという。   ただ、気掛かりもあるという。   街中に自転車が多くなれば、その分事故の心配が増える。   中でも歩行者とのすみ分けがどこまでできるか。   気持ちよく自転車がこげるよう、道路環境の整備も必要になってくる。

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