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2009年6月

2009年6月29日 (月)

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 「子育てと仕事の両立」に向け、短時間勤務制度の導入などを企業に義務付けることを柱にした改正育児・介護休業法が国会で成立した。  一部を除いて、1年以内に施行されることになった。  少子化に歯止めがかからないなかで、男女ともに子育てをしながら働き続けられる環境の整備は重要な課題であり、今回の改正を前向きにとらえたい。  厚生労働省によると、働く女性の育児休業取得率は高いものの、育児の負担が重く、結局は約7割が第1子を出産した後に離職している。  このため、離職しないで済むよう、職場復帰後は短時間勤務や残業免除を求める声が強いという。  一方、男性は約3割が育児休業を取りたいと考えながら、実際の取得率はわずか1・56%だ。  男性が子育てや家事に費やす時間は先進国のなかでも最低レベルにある。  結果的に女性に子育てや家事の負荷が過度にかかり、少子化の原因になっている、と厚労省は分析する。  改正法は、3歳未満の子どもを持つ従業員を対象に、通常より短い1日6時間程度の短時間勤務や希望による残業免除を制度化するよう企業に義務付けた。  また、配偶者が働いていない場合、育児休業の対象外にできる規定を廃止し、すべての従業員が必要に応じ育児休業の取得を可能にした。  小学校就学前の子どもの看護休暇も現行の一律年5日から、2人以上なら年10日に増やしている。  「三つ子の魂百まで」と言う。  勤労者世帯の過半数が共働き世帯となるなか、子どものためにも幼い時期に親子で過ごす時間を増やすことが不可欠だ。  しかし、こうした制度が企業に根付くには課題もある。  「法律が変わっても、社会全体の意識が変わらなければ…」。  出産を機に離職し、8カ月になる長男の子育てに忙しい主婦は、こう本音を漏らした。  とりわけ、父親の育児参加には懐疑的で「週1回のノー残業デーもなかなか実行できない。土日の出勤も多い。上司や同僚の理解がなければ父親が育児休業を取るのは不可能」と嘆く。  改正では、違法行為に対する厚労相勧告に従わない企業名の公表など制裁措置も初めて盛り込まれた。  育児休業を理由に解雇するいわゆる「育休切り」対策も強化されたが、昨秋以来の世界的不況のなか、企業も生き残りに懸命だ。  人のやりくりを含め、負担を受け入れる企業への助成策も考える必要がある。  このまま少子化が進めば、経済活動を支える勤労者や消費者は減り続けていく。  さらに、子育てが十分にできなければ子どもの成長にも影響するだろう。  長い目で見れば、社会が大きな損失を被ることになるのは明らかだ。  いまも昔も、子どもは社会や地域の「宝」である。  子育ては親だけが担うものではないと思う。  「宝」を社会全体で育てる意識を高めることが必要だ。今 回の法改正を、その一つの契機にしたい。

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2009年6月26日 (金)

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 「勝率8割」という全盛期の勢いはない。  それでも2勝3敗のカド番から連勝してしのぎ切り、タイトルを守った。  もがく羽生善治名人の姿は、どこか人間くさい。  今回の挑戦者は、一手に3時間考えたこともある郷田真隆九段。  持ち時間9時間をフルに使おうとする対局シーンが、テレビで中継された。  沈思黙考する2人の表情を見つめていると、こちらまで息が詰まりそうだった。  天才少年と呼ばれた羽生名人も、今や40歳に手が届きそうな年齢になった。  名人戦で連覇したのは1996年以来というから、随分久しい。  7番勝負では、最終局までもつれ込むケースが増えている。  それだけ体力も余分に消耗するようだ。  そんな真剣勝負の世界から生み出される言葉には、味がある。  「勝つためには、覚えるよりも忘れる努力が必要です」。  なるほど、ひらめきを呼び込むには、記憶でいっぱいだと回転の邪魔になるというわけか。  棋風と同じような当意即妙の受け答えが楽しい。  そのせいか「言葉の対局」の方も増えているようだ。  相手は経営コンサルタントもいれば、人工知能の科学者も。  どうすれば、これほど融通無碍(むげ)になれるのか。  「直感の7割は正しい」とも言う。  これなら何とかなりそうだ。  詰め込むのではなく、捨て去れる心境にあやかりたいものだ。

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2009年6月23日 (火)

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 人生はふたつある。  太宰治と出会う人生と、そうでない人生だ。  読んだ者に何かを語らせずにはおけない。  戦後、世相の明るいざわめきに反目するかのように生み出された「人間失格」と「斜陽」。  退廃的な題にひかれてページを開いた者は、時を超えて太宰の絶望を自分のものと感じる。  そして「クライ」と言われ、思春期の太宰は、はしかのようなものと片付けられる。  「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」―「右大臣実朝」。  太宰は、「アカルイ」。  このところ中期作品が見直されている。  巧みな引用と逆説、ユーモアと語りの優しさが光る。  それらは抑圧された戦前の空気への反目でもある。  生誕100年。  ことしの桜桃忌はにぎやかだった。  作品の映画化も続く。  公開中の「斜陽」は、松山の山中で撮影された主人公かず子の夢の場面が印象的だ。  現代風の演出とのことだが、まったく違和感なく引き込まれた。  むしろ現代の道徳でも読める「斜陽」があるのだろう。  文芸評論家の加藤典洋さんによれば、晩年の太宰が見つめたのは戦後の「汚れ」。  太宰治と出会う人生は、太宰が感じた汚れとの対峙(たいじ)かもしれない。  人の弱さを認め、さらけ出す強さ。  若いときこそ、「パンドラの匣(はこ)」を開け、はしかの免疫を持とうではないか。 そして…。  元気で行こう。絶望するな。

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2009年6月20日 (土)

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 詩人はそれをさえ歌にしてしまうが、普通は『雨が空から降れば』驚くことはない。  妙なものが空から降れば、無論、驚くだろう。  石川県でオタマジャクシが降ったという話が世間を騒がした後、同様の話が各地で相次ぎ報告されている。  原因として、竜巻説、鳥が落とした説など種々考えられてはいるが、どれも状況にそぐわず、謎である。  実害があるわけではない。  しかし、不安とまで言えば大仰にしても、何か落ち着かない感じを持っている人は多いと思う。  しょうがない 雨の日はしょうがないとは、小室等さん歌う、あの歌(別役実作詞)の印象的リフレインだが、オタマジャクシの日はしょうがないとは、なかなか思えない。  科学の進歩未(いま)だしのころ、自然現象は謎だらけだった。  しかし、B・フランクリンが雷は電気だと解明したように次々合理的説明がなされていく。  地震は活断層のズレなどで生じ、虹とは太陽光が水滴に当たって起こる屈折、分光で…  科学が社会の発展に寄与したのは確かだが、その結果、人には何にでも合理的説明を求めようとする癖がついた。  換言すれば、説明のつかないことを受け入れるのが大の苦手になっている。  自然への畏怖(いふ)を忘れず、時には謎を謎として受け入れる素朴さを持て。  もしや、あのオタマジャクシはそんな神慮の表れか、などと、埒(らち)もないことを考えたりする。

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2009年6月19日 (金)

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  「結婚、出産して、仕事も続けたい」。   先日、志学館大学で開かれた少子化をテーマにしたゼミで、そんな意見を述べる女子学生に周囲の学生たちがうなずいた。   未来に目を輝かせる若者たちだが、現実は厳しい。   不況を背景に「産休切り」や「育休切り」が問題になっているからだ。   鹿児島労働局雇用均等室には、妊娠・出産を理由に退職勧奨された女性からの相談が急増しているという。   上司に妊娠を報告したところ「何かあると責任がとれない」と辞職を促されたケース、育児休業から復帰したものの戻る職場がなかったり、社員からパートへの身分変更を求められたりした人もいるという。   相談は氷山の一角だろう。   妊娠・出産で心身が不安定な中、退職を促される。   抗議したり相談に行く気力もなく、泣く泣く辞めていく女性も多いのではないかと思う。   今国会で育児・介護休業法改正案が成立する見通しとなった。   3歳未満の子を持つ従業員に対し短時間勤務制の導入や残業免除を義務付けし、違反企業は公表する。   夫が育児休業をとりやすくするなど、父親の子育て参加も進める。   6月は男女雇用機会均等月間だ。   妊娠出産を理由にした解雇は均等法で禁止されている。   お母さんが働き続けるための法的な環境は少しずつ整備されてはいる。   しかし、法を運用する人に出産や育児を温かく受け止める姿勢がなければ、少子化は止まらない。

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2009年6月18日 (木)

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 新型インフルエンザの流行は、 様々なことに影響を及ぼした。  横浜市に住む作家の五木寛之さんが神戸の講演会の冒頭で、 「神戸では、 犬もマスクをしているという噂を聞いた。 それを確かめたくて来た。 元町あたりを散歩していたが、 それはうそだとわかった」 という話をして、 会場に笑いが広がった。   犬にもマスクさせるという話は愛犬家なら、 そうしたかもしれないと思うと、 思いやりの気持ちも感じられるユーモアだ。  五木さんの話のタイトルは 「生きる」。  「書店には、 貧困コーナーが設けられ、 『蟹工船』 や 『罪と罰』 といった本が人気を呼ぶ。   私は今の大不況を500年に一度ほどのものと考えており、 人間の危機」 と切り出した。  一方では、 「 『蟹工船』 で厳しい労働実態は描かれているが、 大量の蟹が引き上げられてその場で加工される場面がほとんど見られない」 という話もあった。   「山川草木という周りの命に私たちがどれほど支えられて生きているかを自覚すべき。 これからは、 内省の時代。 胸を張って明るく生きることも必要だが、 大きなため息をつきながら、 人間中心の生き方を反省したい」 と結んだ。  開発、 発展という名のもとに人間は、 人間以外の生き物の命を奪って生きながらえている。  いわば罪深き人である。  現代は、 人間が住みよい社会をいかにつくるかということに力点が置かれている。   周囲の命とどう向き合い、 共生していくか、 そこが問われる時代でもある。   「ツバメ来て車の上に落ちる糞憤慨せずに静かにふき取る」。  

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2009年6月16日 (火)

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  野菜や果物の中には、一年中、口に入るため、いつが旬なのか分からなくなったものが少なくない。   しかし、こればかりは「旬」を逃すと、来年までお預けになってしまう。   ホタル見物である。   県内の名所の一つ、宍粟へ出かけた。   あたりが薄暗くなったころ、川の草むらで、一つ二つと点滅が始まった。   感激していると「山の方に、もっといい場所がありますよ」と声をかけられた。   地元保存会の女性だった。   後をついて暗い山道を沼谷川沿いに上る。   いた。   すごい数だ。   無数の光が点滅して、闇が呼吸しているように見える。   光の点滅が川面に映って何とも神秘的な光景だ。   「二、三日前から急に数が減ってしまって」。   決して少なくないのに、保存会の女性は何度も済まなさそうに言った。   ホタルの光が電灯に邪魔されないよう、街灯には黒い布がかぶせてあった。   近くの住民も家の明かりが外に漏れないように注意しているという。   谷崎潤一郎著「陰翳(いんえい)礼(らい)讃(さん)」に、こうある。   「近頃のわれわれは電燈に麻(ま)痺(ひ)して、照明の過剰から起る不便と云(い)うことに対しては案外無感覚になっているらしい」。   ホタルの闇を守ろうとする住民の取り組みに、頭の下がる思いがした。   「蛍見の人みなやさし吾もやさし」飯島晴子。   そんな気持ちになったのは、何も美しいホタルのせいばかりではないようだ。

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2009年6月14日 (日)

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 首相や閣僚が主役で登場する政界劇は、時々故事を思い起こさせる。  盟友の鳩山邦夫総務相を事実上更迭した麻生太郎首相は、中国の三国志を飾る故事になぞらえられた。  諸葛孔明は腹心の部下馬謖(ばしょく)を信頼を裏切ったかどで涙ながらに極刑に処した。  いわく「泣いて馬謖を斬(き)る」。  私情においては忍びないが規律保持のためやむなく罰する際に使われる。  ついでながら馬謖は戦術家だった。  孔明の命令に背くかたちで戦いに敗れた。  攻めている時はめっぽう強かったが、策士が策におぼれ、防戦に回ったのが計算違いだった。  史書はそう語り継ぐ。  鳩山氏にも計算違いがあった。  麻生首相誕生時に功績大だった自分が斬られるはずはないと思っていた。  「正義」のためにと日本郵政の社長続投に異を唱える自分に理はある、とも。  攻めすぎて自民党内で味方を減らした。  斬られた鳩山氏は自身を西郷隆盛になぞらえる。  西南戦争で兵を挙げる際に言った「今般政府に尋問の筋これあり」と同じ心境だという。  離党など挙兵の意思は今はないそうだから、西郷にどこまでダブらせるつもりか読むのは難しいが…。  自民党史のなかで二人にはどういう役付けがなされるだろう。  諸葛孔明や西郷隆盛になぞらえることが可能かどうかはさておき、個性は共になかなかのものだ。  鳩山氏のパワーを自民党の主エンジンに留め置けなかった党内回路の不具合が目立つ一幕ではあった。

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2009年6月13日 (土)

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  月に帰る「平安のかぐや姫」が残していった不老不死の秘薬を竹取の翁(おきな)や嫗(おうな)、帝(みかど)が飲んで長生きしていたら、任務を終えて月に帰った「平成のかぐや姫」を見て「よくやった」と感動することだろう。  月探査機「かぐや」は2年前、子機「おきな」とともに打ち上げられ、600日余に及ぶ宇宙の旅をした。  赤外線やX線のセンサー、レーザーなど「14の目」で観測、最初に送ってきたのは「地球の出」などのハイビジョン映像。  美しい瑠璃色の地球に見入った。  ウサギがモチをついているように見える「晴れの海」「雨の海」「静かの海」など平らな部分や直径90㌔の大クレーターも。  今年2月から高度を下げて、月面落下直前に送ってきたのは超低空から撮った迫力あるクレーターの映像だ。  月面の裏側も初めて観測。  クレーターの数などから火山活動が約25億年前まで続いていたことも突き止めた。  かぐやからの貴重なデータの電波は11日で途絶えたが、近くこのデータを盛り込んだ「月球儀」が作られる。  ガリレオが月のクレーターを観測してから400年。  アポロ11号の船長らが月面に降り立ってから40年。  月探査の旅には仙女伝説から名付けた中国の「嫦娥(じょうが)」などが続いているが、竹取物語のように多くの人に育てられ、温かく見守られた「平成のかぐや姫」は、今ごろ「平安のかぐや姫」と抱き合っていることだろう。

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2009年6月12日 (金)

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 高校の時、「予餞会(よせんかい)」なるものがあった。  「餞」ははなむけ。  卒業してゆく3年生を送る宴だった。  もちろん「酒食」はなかったが、なつかしい思い出だ。  学校当局は、一定限度内で生徒の自主性を尊重していたようだった。  ある意味無礼講。  グループサウンズの全盛時である。  体育館にはエレキギターの音が鳴り響いていた。  もちろん、宴を楽しむ側には一定の節度があった。  海上自衛隊のはなむけは異常だ。  愛媛出身の3等海曹が15人相手の格闘で死亡した事件で、海自警務隊は教官ら4人を業務上過失致死容疑で書類送検した。  15対1の格闘は3曹の異動のはなむけだったとか。  海自は節度をわきまえていなかった。  15人が次々と1人にかかっていく。  結果的に死に至らしめた。  もはや訓練などとはいえずしごきそのものだ。  それも度を超している。  常軌を逸したはなむけに、隊員を駆り立てたものは何だったのか。  事件捜査とは別に真相の徹底解明が必要だ。  相撲部屋で起きた力士暴行死事件との類似性を考えざるをえない。  一般社会と隔てられた閉鎖性と上下関係。  時に大学や高校の運動部のしごきが表面化する。  ここにも同じような背景がありはしないか。  いずれも鍛錬や強化に名を借りた、陰湿ないじめの一種だろう。  われわれの社会がそれを容認し、醸成している側面はないか。  一人一人の問題として考えたい。

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2009年6月11日 (木)

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  兵庫県もようやく梅雨入りした。   梅雨といえばアジサイ。   雨にぬれたパステル調の花を眺めていると、気持ちがしっとりと和んでくる。   このアジサイ、咲き始めは淡く、だんだん濃い青や赤紫へと色を変えることから「七変化」とも呼ばれる。   「紫陽花(あじさい)や白よりいでし浅みどり」渡辺水巴、「あぢさゐの藍をつくして了(おわ)りけり」安住敦。   微妙な色の変化を俳人たちは好んで詠んできた。   日本原産のアジサイだが、「万葉集」には2首しか登場しないという。   これは数多く詠まれた萩(はぎ)や梅とは違って、日常生活に密着しすぎているためではないか。   「花のある暮らし」(岩波新書)に、作家の栗田勇さんはそう書いている。   なるほど、言われてみればそうかもしれない。   きょう11日は「傘の日」。   暦の上の「入梅」にちなんで、傘のメーカーでつくる日本洋傘振興協議会がそう定めた。   久々の雨となったきのう、県内でも色とりどりの傘の花が咲いた。   「待たれゐし雨とも思ふ梅雨入りかな」稲畑汀子。   雨が待たれるのは、何も洋傘メーカーに限らない。   水不足が心配な県内の農家や企業もしかり。   節水も大事だが、恵みの雨が降ってくれないことにはどうしようもない。   美しいアジサイの花よりも空模様を眺める日が、当分続きそうだ。

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2009年6月 8日 (月)

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  西暦でも平成でも、奇数の年より偶数の年の方がずっとスポーツファンの心をかき立てる。   夏季と冬季の五輪大会、そして、サッカーのワールドカップ(W杯)が開催されるのは、決まって偶数の年だからだ。   W杯のアジア最終予選A組で日本代表チームがウズベキスタンの首都タシケントで同国代表チームを下し、A組2位以上が確定、来年の南アフリカ大会出場権を早くも手中にした。   フランス、日韓、ドイツに次ぐ4大会連続4度目のW杯出場だ。   来夏にかけての1年間、アフリカ南端の国での本大会に向けて日本チームがどのように仕上げられていくのか、見守っていきたい。   日本代表チームは、1993年10月にカタールで行われたイラク代表とのアジア地区最終予選の最終戦で、試合終了間際にイラク代表の同点ゴールを許し、日本サッカー史上初の本大会となるはずだった94年の米国大会出場権が、するりと逃げてしまった。   落胆の激しさが忘れられない「ドーハの悲劇」である。   それから4年たった97年11月、マレーシアで行われたアジア第3代表決定戦でイラン代表に勝ち、98年のフランスでの本大会出場権を初めてつかんだ。   「ジョホールバルの歓喜」である。   この試合を率いたのが、加茂周監督から途中でバトンを受けた岡田武史監督だ。   しかし、フランス大会は3戦全敗でグループリーグ敗退し、世界の水準の高さを思い知らされた。   その後、2002年の日韓大会ではフランス出身のトルシエ監督が率い、グループリーグを2勝1分0敗で突破、決勝トーナメント進出を決めた。   しかし、その初戦でトルコに敗退し、ベスト16にとどまった。   06年のドイツ大会はブラジル出身のジーコ監督が率い、2敗1分でグループリーグ敗退に終わった。   南アフリカ大会は、病気で倒れたボスニア・ヘルツェゴビナ出身のオシム監督の後を継いで昨年から指揮を執っている岡田監督にとって2度目の本大会だ。   日本代表選手には、中村俊輔選手など国際的な舞台で活躍しているベテランもいれば、最近めきめき頭角を現してきた新鋭もいる。   新旧の力をかみ合わせながら、本大会に向けてどのようにベストの状態にもっていくか。   日本チームは過去、ベスト16までは勝ち進んだ経験がある。   だから、今回は8強、あわよくば4強以上に入って、世界をあっと言わせたい。   サッカーのW杯は、出場国の人々の心を沸点にまで熱する。   その意味で「武器を使わない戦争」「ピッチ上の戦争」と表現されることがある。   武器を使う地域紛争が絶えない国際情勢の中にあって、ボール一個の行方を追ってナショナリズムを燃焼させることができるなら、それは望ましいことだ。

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  昨年の今ごろ、北海道・釧路市動物園でアムールトラが3頭生まれた。   産んだ母親は赤ちゃんに関心を示そうとしなかった。   飼育員が取り上げてみるとみんな冷たくなりかけていた。   1頭は間もなく死んだ。   2頭はかすかに息をしていた。   お湯で温めてマッサージをした。   ミルクを与えると力強く飲んだ。   「ダメかな」と最初は思ったという。   ミルクの飲み方に、生きようとする力を感じた。   生きることができた2頭は、しかし様子が変だった。   よく見ると脚が曲がっていた。   軟骨形成不全症。   歩けるようにはなりそうになかった。   雄のタイガと雌のココアは今、獣舎の中でじゃれ合い、元気に走り回っている。   生まれたときは1キロそこそこしかなかった体重は40キロ近くにまで増えた。   満1歳になった日は、鶏肉と牛肉で作った特製の「バースデーケーキ」にかぶりついた。   この間、園側の懸命な飼育があった。   2頭はそれに応えて大きくなった。   脚を引きずって歩き始めたときは、入園者たちが「頑張って」と応援した。   報道で知った人からの励ましのメッセージも各地から届けられるようになった。   山口良雄園長は地元でよく講演するという。   「動物に触って感じる命がある。触ることでさまざまな発見があり、これがまさに教育かなと思う」。   講演を聴いた高校生は全校でタイガとココアの応援募金をした。   きょうだいは「命」の生きた教材になっている。

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2009年6月 6日 (土)

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  「地方議会で制定する法形式のものは何か」   「自治基本条例に関して適切なものを選べ」。   大学のテストでも公務員試験でもない。   議員力検定の設問だ。   先日の第1回試験。各地で200人が挑んだという。   地方自治を軸に、政治全般や議会制度の基礎知識を問う。   検定ブームもここまできたかと思いつつ、公式サイトをのぞく。   掲載している練習問題を解いてみると生半可な知識では歯が立ちそうにない。   議員の資格は、選挙という洗礼によって与えられるもの。   本来、このような名の検定は存在しない方がいいはずだ。   しかし、議会制民主主義は本来の機能を果たしているか―企画した行政学者らは、そんな危機感から出発した。   民主主義とは民衆による支配。   議員力は市民力と裏表の関係にある。   双方が統治能力を磨き、互いの距離を見つめ直す。   そのきっかけになるならば。   検定は一般市民や小中学生が対象の部門も設けるという。   判や監視とともに肝心なのは参加だ。   幅広い政治参加を促すきっかけともなりえた国会議員の世襲制限。   自民党はあっさりひっこめた。   どうも世襲は本人ではなく、周りが求める場合も多いようだ。   知識だけでは政治はできないとの反論も聞こえてきそうだ。   なるほど、現実の政治は決断力や瞬発力もいる。   ならば、党首力が問われる解散総選挙を渋る必要もないだろう。   首相力検定が登場する前に。

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2009年6月 4日 (木)

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  梅雨入りが間近になった。   奄美や沖縄は既に雨期を迎えている。   本格的な災害シーズンの到来に、防災への備えを再確認しておきたいものだ。   梅雨期間中に降る雨は年間降水量の約3分の1に達するといわれる。   それも「ゲリラ豪雨」の名の通り、局地的な集中豪雨となりやすく、甚大な被害をもたらす。   土砂崩れ同様、河川のはんらんによる洪水や浸水被害も警戒を怠れない。   人的な被害は避けられたとしても、家屋や田畑への被害は甚大だ。   梅雨入りを前にして、だれもが生命や財産の危機に備える防災意識は自覚しているはずなのだが、実際に発生したときには生かされないことが多い。   被災の痛い教訓は、大災害からしばらく遠ざかっていると、残念ながら風化していく。   この風化を、行政と地域住民が両輪となって防災対策に取り組むことで食い止めなければならない。   行政任せでは地域の実情が反映されないし、住民頼みではリーダー不在になりやすく、集団行動が取りにくい。   行政は、まず危険個所を入念にチェックして、防災工事を促進する一方で、住民の防災意識の向上、自主防災組織の拡充を図る必要がある。   そのうえで災害に関するあらゆる情報を住民に逐一伝える手段を整備しなければならない。   そこで評価できるのは国、県、市町村が一体となった土砂災害警戒情報システムが機能してきたことだ。   たとえ情報が空振りに終わっても、早め早めに避難を呼び掛ける。   こうした努力の積み重ねで住民の防災意識を高めることができる。   さらに、市町村で災害危険予測図(ハザードマップ)の作成が進んでいることも歓迎したい。   住民には、安全は自分で確保するという自覚がいっそう求められる。   普段から地域内に目を配り、危険個所や高齢者の状況をよく把握して、避難の仕方、経路などをきちんと決めておく。   逃げるのに早過ぎることはないことを肝に銘じておきたい。

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2009年6月 3日 (水)

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  選んだ歌はミュージカル「レ・ミゼラブル」の挿入歌「夢やぶれて」だった。   しかし、英スコットランドの無職の独身女性、スーザン・ボイルさんはプロの歌手になる夢を実らせた。   スーザンさんは、少し太めの48歳。   英テレビの人気オーディション番組に出演した映像が、動画投稿サイト「ユーチューブ」で流され、地味なおばさんの雰囲気とは似合わない素晴らしい歌唱力で人気者になった。   10組が出場したオーディション番組の決勝では、ストリートダンスのグループに惜しくも及ばなかったが、見事に2位に入った。   スーザンさんは歌のうまさと人気を買われ、近くレコード会社と契約することになるという。   田舎のおばさんが、連日のようにメディアに登場して一躍有名人になる。   人気の沸騰に貢献したのが動画サイトだったことは、ネット時代を象徴する。   ネット上には、夢を実現に導く魔法の杖が潜んでいることを図らずも示した出来事だ。   かつて日本にも視聴者参加型のタレント発掘番組があった。   1971年から12年間、日本テレビ系列で放映された「スター誕生」である。   番組からは山口百恵、桜田淳子、森昌子、ピンク・レディー、岩崎宏美などが巣立った。   あすのスターを夢見て歌に自信を持つ若者たちが多数応募していた。   熱気をはらんだ審査風景と合格して泣き出すタレントの卵たちの様子が初々しかった。   スーザンさんの動画が「スタ誕」に重なった。

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2009年6月 2日 (火)

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  衣替えのシーズンだ。   学生の制服が夏服に変わることで、季節の移り変わりを実感するが、最近はクールビズが官公庁や企業などに浸透し、新しい季節の風物詩として定着してきた。   確かに、この時節の軽装は楽だ。   ただ、まったく戸惑いがないこともない。   背広にネクタイといえば、サラリーマンの定番であり、制服のようなものだ。   蒸し暑い日本の夏には不向きとは思うが、ノーネクタイ・ノー上着では、どうも締まりがないような気がする。   対外的な仕事で、上着などの着用を求められる場合もある。   クールビズが許容されるのは、どういう場合か、常に考えておかないと、決まりが悪い場面も出てくる。   まさにクールビズどころでないのが、就活中の若者たちだろう。   昨年までとは一転して、今年の就職戦線は長く厳しいものになっている。   「見た目」も重要な要素だけに、リクルートスーツは欠かせない。   5年目を迎えたクールビズは「MY COOL BIZ~私らしく、クールビズ~」がテーマだ。   家庭や職場における衣食住のあらゆる分野で、涼しさにつながる実践を求めている。   窓にすだれを付けたり、アサガオやゴーヤで緑のカーテンを作る。   キュウリやナスなど体を冷やす旬の野菜を食べる。   私らしい積み重ねを地球温暖化防止につなげたい。

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2009年6月 1日 (月)

どう思いますか?

  女王卑弥呼が治めた邪馬台国はどこにあったのか。   「畿内(大和)説」と「九州説」に二分される論争は、綱引きのように優勢劣勢のあやが行ったり来たりしてきた。   九州説は一通りではない。   20年前に大規模な環(かん)濠(ごう)集落跡が発掘された佐賀県の吉野ケ里説を含め北部九州を中心に諸説ある。   発信するグループが郷土史家らを中心に現在も各地にでき、九州説をにぎやかなものにしている。   論争に火を付けた往年のベストセラー本「まぼろしの邪馬台国」は昨年、映画になって彩りを添えた。   先月は九州各地の歴史愛好家が、宇佐説を持つ大分県・宇佐で邪馬台国論争大会を開いている。   論争はやむことがない。   畿内か九州か、の綱引きでは畿内説側が綱を引き寄せたのか。  「卑弥呼の墓」説がある奈良県桜井市の箸(はし)墓(はか)古墳について、説を裏付ける調査成果を国立歴史民俗博物館(歴博、千葉県佐倉市)がまとめた。   古墳の周濠(しゅうごう)から出土した土器に付着した炭化物などを科学的鑑定で分析し、古墳の築造時期を240―260年と推定した。   中国の歴史書「魏志倭人伝」によると卑弥呼が死亡したのは248年ごろだという。   歴博は「卑弥呼の墓の可能性が極めて高い」と言う。   九州説の人は分析精度への疑問を挙げ「論争に一石を投じた程度では」とみる。   綱を引く手に力を得た畿内説側と、腰を落として踏ん張る構えの九州説側。   そんな図も浮かぶ。   卑弥呼の感想を聞いてみたい。

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