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2009年6月23日 (火)

どう思いますか?

 人生はふたつある。  太宰治と出会う人生と、そうでない人生だ。  読んだ者に何かを語らせずにはおけない。  戦後、世相の明るいざわめきに反目するかのように生み出された「人間失格」と「斜陽」。  退廃的な題にひかれてページを開いた者は、時を超えて太宰の絶望を自分のものと感じる。  そして「クライ」と言われ、思春期の太宰は、はしかのようなものと片付けられる。  「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」―「右大臣実朝」。  太宰は、「アカルイ」。  このところ中期作品が見直されている。  巧みな引用と逆説、ユーモアと語りの優しさが光る。  それらは抑圧された戦前の空気への反目でもある。  生誕100年。  ことしの桜桃忌はにぎやかだった。  作品の映画化も続く。  公開中の「斜陽」は、松山の山中で撮影された主人公かず子の夢の場面が印象的だ。  現代風の演出とのことだが、まったく違和感なく引き込まれた。  むしろ現代の道徳でも読める「斜陽」があるのだろう。  文芸評論家の加藤典洋さんによれば、晩年の太宰が見つめたのは戦後の「汚れ」。  太宰治と出会う人生は、太宰が感じた汚れとの対峙(たいじ)かもしれない。  人の弱さを認め、さらけ出す強さ。  若いときこそ、「パンドラの匣(はこ)」を開け、はしかの免疫を持とうではないか。 そして…。  元気で行こう。絶望するな。

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