日記・コラム・つぶやき

2009年6月29日 (月)

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 「子育てと仕事の両立」に向け、短時間勤務制度の導入などを企業に義務付けることを柱にした改正育児・介護休業法が国会で成立した。  一部を除いて、1年以内に施行されることになった。  少子化に歯止めがかからないなかで、男女ともに子育てをしながら働き続けられる環境の整備は重要な課題であり、今回の改正を前向きにとらえたい。  厚生労働省によると、働く女性の育児休業取得率は高いものの、育児の負担が重く、結局は約7割が第1子を出産した後に離職している。  このため、離職しないで済むよう、職場復帰後は短時間勤務や残業免除を求める声が強いという。  一方、男性は約3割が育児休業を取りたいと考えながら、実際の取得率はわずか1・56%だ。  男性が子育てや家事に費やす時間は先進国のなかでも最低レベルにある。  結果的に女性に子育てや家事の負荷が過度にかかり、少子化の原因になっている、と厚労省は分析する。  改正法は、3歳未満の子どもを持つ従業員を対象に、通常より短い1日6時間程度の短時間勤務や希望による残業免除を制度化するよう企業に義務付けた。  また、配偶者が働いていない場合、育児休業の対象外にできる規定を廃止し、すべての従業員が必要に応じ育児休業の取得を可能にした。  小学校就学前の子どもの看護休暇も現行の一律年5日から、2人以上なら年10日に増やしている。  「三つ子の魂百まで」と言う。  勤労者世帯の過半数が共働き世帯となるなか、子どものためにも幼い時期に親子で過ごす時間を増やすことが不可欠だ。  しかし、こうした制度が企業に根付くには課題もある。  「法律が変わっても、社会全体の意識が変わらなければ…」。  出産を機に離職し、8カ月になる長男の子育てに忙しい主婦は、こう本音を漏らした。  とりわけ、父親の育児参加には懐疑的で「週1回のノー残業デーもなかなか実行できない。土日の出勤も多い。上司や同僚の理解がなければ父親が育児休業を取るのは不可能」と嘆く。  改正では、違法行為に対する厚労相勧告に従わない企業名の公表など制裁措置も初めて盛り込まれた。  育児休業を理由に解雇するいわゆる「育休切り」対策も強化されたが、昨秋以来の世界的不況のなか、企業も生き残りに懸命だ。  人のやりくりを含め、負担を受け入れる企業への助成策も考える必要がある。  このまま少子化が進めば、経済活動を支える勤労者や消費者は減り続けていく。  さらに、子育てが十分にできなければ子どもの成長にも影響するだろう。  長い目で見れば、社会が大きな損失を被ることになるのは明らかだ。  いまも昔も、子どもは社会や地域の「宝」である。  子育ては親だけが担うものではないと思う。  「宝」を社会全体で育てる意識を高めることが必要だ。今 回の法改正を、その一つの契機にしたい。

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2009年6月26日 (金)

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 「勝率8割」という全盛期の勢いはない。  それでも2勝3敗のカド番から連勝してしのぎ切り、タイトルを守った。  もがく羽生善治名人の姿は、どこか人間くさい。  今回の挑戦者は、一手に3時間考えたこともある郷田真隆九段。  持ち時間9時間をフルに使おうとする対局シーンが、テレビで中継された。  沈思黙考する2人の表情を見つめていると、こちらまで息が詰まりそうだった。  天才少年と呼ばれた羽生名人も、今や40歳に手が届きそうな年齢になった。  名人戦で連覇したのは1996年以来というから、随分久しい。  7番勝負では、最終局までもつれ込むケースが増えている。  それだけ体力も余分に消耗するようだ。  そんな真剣勝負の世界から生み出される言葉には、味がある。  「勝つためには、覚えるよりも忘れる努力が必要です」。  なるほど、ひらめきを呼び込むには、記憶でいっぱいだと回転の邪魔になるというわけか。  棋風と同じような当意即妙の受け答えが楽しい。  そのせいか「言葉の対局」の方も増えているようだ。  相手は経営コンサルタントもいれば、人工知能の科学者も。  どうすれば、これほど融通無碍(むげ)になれるのか。  「直感の7割は正しい」とも言う。  これなら何とかなりそうだ。  詰め込むのではなく、捨て去れる心境にあやかりたいものだ。

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2009年6月23日 (火)

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 人生はふたつある。  太宰治と出会う人生と、そうでない人生だ。  読んだ者に何かを語らせずにはおけない。  戦後、世相の明るいざわめきに反目するかのように生み出された「人間失格」と「斜陽」。  退廃的な題にひかれてページを開いた者は、時を超えて太宰の絶望を自分のものと感じる。  そして「クライ」と言われ、思春期の太宰は、はしかのようなものと片付けられる。  「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」―「右大臣実朝」。  太宰は、「アカルイ」。  このところ中期作品が見直されている。  巧みな引用と逆説、ユーモアと語りの優しさが光る。  それらは抑圧された戦前の空気への反目でもある。  生誕100年。  ことしの桜桃忌はにぎやかだった。  作品の映画化も続く。  公開中の「斜陽」は、松山の山中で撮影された主人公かず子の夢の場面が印象的だ。  現代風の演出とのことだが、まったく違和感なく引き込まれた。  むしろ現代の道徳でも読める「斜陽」があるのだろう。  文芸評論家の加藤典洋さんによれば、晩年の太宰が見つめたのは戦後の「汚れ」。  太宰治と出会う人生は、太宰が感じた汚れとの対峙(たいじ)かもしれない。  人の弱さを認め、さらけ出す強さ。  若いときこそ、「パンドラの匣(はこ)」を開け、はしかの免疫を持とうではないか。 そして…。  元気で行こう。絶望するな。

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2009年6月20日 (土)

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 詩人はそれをさえ歌にしてしまうが、普通は『雨が空から降れば』驚くことはない。  妙なものが空から降れば、無論、驚くだろう。  石川県でオタマジャクシが降ったという話が世間を騒がした後、同様の話が各地で相次ぎ報告されている。  原因として、竜巻説、鳥が落とした説など種々考えられてはいるが、どれも状況にそぐわず、謎である。  実害があるわけではない。  しかし、不安とまで言えば大仰にしても、何か落ち着かない感じを持っている人は多いと思う。  しょうがない 雨の日はしょうがないとは、小室等さん歌う、あの歌(別役実作詞)の印象的リフレインだが、オタマジャクシの日はしょうがないとは、なかなか思えない。  科学の進歩未(いま)だしのころ、自然現象は謎だらけだった。  しかし、B・フランクリンが雷は電気だと解明したように次々合理的説明がなされていく。  地震は活断層のズレなどで生じ、虹とは太陽光が水滴に当たって起こる屈折、分光で…  科学が社会の発展に寄与したのは確かだが、その結果、人には何にでも合理的説明を求めようとする癖がついた。  換言すれば、説明のつかないことを受け入れるのが大の苦手になっている。  自然への畏怖(いふ)を忘れず、時には謎を謎として受け入れる素朴さを持て。  もしや、あのオタマジャクシはそんな神慮の表れか、などと、埒(らち)もないことを考えたりする。

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2009年6月19日 (金)

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  「結婚、出産して、仕事も続けたい」。   先日、志学館大学で開かれた少子化をテーマにしたゼミで、そんな意見を述べる女子学生に周囲の学生たちがうなずいた。   未来に目を輝かせる若者たちだが、現実は厳しい。   不況を背景に「産休切り」や「育休切り」が問題になっているからだ。   鹿児島労働局雇用均等室には、妊娠・出産を理由に退職勧奨された女性からの相談が急増しているという。   上司に妊娠を報告したところ「何かあると責任がとれない」と辞職を促されたケース、育児休業から復帰したものの戻る職場がなかったり、社員からパートへの身分変更を求められたりした人もいるという。   相談は氷山の一角だろう。   妊娠・出産で心身が不安定な中、退職を促される。   抗議したり相談に行く気力もなく、泣く泣く辞めていく女性も多いのではないかと思う。   今国会で育児・介護休業法改正案が成立する見通しとなった。   3歳未満の子を持つ従業員に対し短時間勤務制の導入や残業免除を義務付けし、違反企業は公表する。   夫が育児休業をとりやすくするなど、父親の子育て参加も進める。   6月は男女雇用機会均等月間だ。   妊娠出産を理由にした解雇は均等法で禁止されている。   お母さんが働き続けるための法的な環境は少しずつ整備されてはいる。   しかし、法を運用する人に出産や育児を温かく受け止める姿勢がなければ、少子化は止まらない。

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2009年6月18日 (木)

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 新型インフルエンザの流行は、 様々なことに影響を及ぼした。  横浜市に住む作家の五木寛之さんが神戸の講演会の冒頭で、 「神戸では、 犬もマスクをしているという噂を聞いた。 それを確かめたくて来た。 元町あたりを散歩していたが、 それはうそだとわかった」 という話をして、 会場に笑いが広がった。   犬にもマスクさせるという話は愛犬家なら、 そうしたかもしれないと思うと、 思いやりの気持ちも感じられるユーモアだ。  五木さんの話のタイトルは 「生きる」。  「書店には、 貧困コーナーが設けられ、 『蟹工船』 や 『罪と罰』 といった本が人気を呼ぶ。   私は今の大不況を500年に一度ほどのものと考えており、 人間の危機」 と切り出した。  一方では、 「 『蟹工船』 で厳しい労働実態は描かれているが、 大量の蟹が引き上げられてその場で加工される場面がほとんど見られない」 という話もあった。   「山川草木という周りの命に私たちがどれほど支えられて生きているかを自覚すべき。 これからは、 内省の時代。 胸を張って明るく生きることも必要だが、 大きなため息をつきながら、 人間中心の生き方を反省したい」 と結んだ。  開発、 発展という名のもとに人間は、 人間以外の生き物の命を奪って生きながらえている。  いわば罪深き人である。  現代は、 人間が住みよい社会をいかにつくるかということに力点が置かれている。   周囲の命とどう向き合い、 共生していくか、 そこが問われる時代でもある。   「ツバメ来て車の上に落ちる糞憤慨せずに静かにふき取る」。  

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2009年6月16日 (火)

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  野菜や果物の中には、一年中、口に入るため、いつが旬なのか分からなくなったものが少なくない。   しかし、こればかりは「旬」を逃すと、来年までお預けになってしまう。   ホタル見物である。   県内の名所の一つ、宍粟へ出かけた。   あたりが薄暗くなったころ、川の草むらで、一つ二つと点滅が始まった。   感激していると「山の方に、もっといい場所がありますよ」と声をかけられた。   地元保存会の女性だった。   後をついて暗い山道を沼谷川沿いに上る。   いた。   すごい数だ。   無数の光が点滅して、闇が呼吸しているように見える。   光の点滅が川面に映って何とも神秘的な光景だ。   「二、三日前から急に数が減ってしまって」。   決して少なくないのに、保存会の女性は何度も済まなさそうに言った。   ホタルの光が電灯に邪魔されないよう、街灯には黒い布がかぶせてあった。   近くの住民も家の明かりが外に漏れないように注意しているという。   谷崎潤一郎著「陰翳(いんえい)礼(らい)讃(さん)」に、こうある。   「近頃のわれわれは電燈に麻(ま)痺(ひ)して、照明の過剰から起る不便と云(い)うことに対しては案外無感覚になっているらしい」。   ホタルの闇を守ろうとする住民の取り組みに、頭の下がる思いがした。   「蛍見の人みなやさし吾もやさし」飯島晴子。   そんな気持ちになったのは、何も美しいホタルのせいばかりではないようだ。

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2009年6月14日 (日)

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 首相や閣僚が主役で登場する政界劇は、時々故事を思い起こさせる。  盟友の鳩山邦夫総務相を事実上更迭した麻生太郎首相は、中国の三国志を飾る故事になぞらえられた。  諸葛孔明は腹心の部下馬謖(ばしょく)を信頼を裏切ったかどで涙ながらに極刑に処した。  いわく「泣いて馬謖を斬(き)る」。  私情においては忍びないが規律保持のためやむなく罰する際に使われる。  ついでながら馬謖は戦術家だった。  孔明の命令に背くかたちで戦いに敗れた。  攻めている時はめっぽう強かったが、策士が策におぼれ、防戦に回ったのが計算違いだった。  史書はそう語り継ぐ。  鳩山氏にも計算違いがあった。  麻生首相誕生時に功績大だった自分が斬られるはずはないと思っていた。  「正義」のためにと日本郵政の社長続投に異を唱える自分に理はある、とも。  攻めすぎて自民党内で味方を減らした。  斬られた鳩山氏は自身を西郷隆盛になぞらえる。  西南戦争で兵を挙げる際に言った「今般政府に尋問の筋これあり」と同じ心境だという。  離党など挙兵の意思は今はないそうだから、西郷にどこまでダブらせるつもりか読むのは難しいが…。  自民党史のなかで二人にはどういう役付けがなされるだろう。  諸葛孔明や西郷隆盛になぞらえることが可能かどうかはさておき、個性は共になかなかのものだ。  鳩山氏のパワーを自民党の主エンジンに留め置けなかった党内回路の不具合が目立つ一幕ではあった。

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2009年6月13日 (土)

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  月に帰る「平安のかぐや姫」が残していった不老不死の秘薬を竹取の翁(おきな)や嫗(おうな)、帝(みかど)が飲んで長生きしていたら、任務を終えて月に帰った「平成のかぐや姫」を見て「よくやった」と感動することだろう。  月探査機「かぐや」は2年前、子機「おきな」とともに打ち上げられ、600日余に及ぶ宇宙の旅をした。  赤外線やX線のセンサー、レーザーなど「14の目」で観測、最初に送ってきたのは「地球の出」などのハイビジョン映像。  美しい瑠璃色の地球に見入った。  ウサギがモチをついているように見える「晴れの海」「雨の海」「静かの海」など平らな部分や直径90㌔の大クレーターも。  今年2月から高度を下げて、月面落下直前に送ってきたのは超低空から撮った迫力あるクレーターの映像だ。  月面の裏側も初めて観測。  クレーターの数などから火山活動が約25億年前まで続いていたことも突き止めた。  かぐやからの貴重なデータの電波は11日で途絶えたが、近くこのデータを盛り込んだ「月球儀」が作られる。  ガリレオが月のクレーターを観測してから400年。  アポロ11号の船長らが月面に降り立ってから40年。  月探査の旅には仙女伝説から名付けた中国の「嫦娥(じょうが)」などが続いているが、竹取物語のように多くの人に育てられ、温かく見守られた「平成のかぐや姫」は、今ごろ「平安のかぐや姫」と抱き合っていることだろう。

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2009年6月12日 (金)

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 高校の時、「予餞会(よせんかい)」なるものがあった。  「餞」ははなむけ。  卒業してゆく3年生を送る宴だった。  もちろん「酒食」はなかったが、なつかしい思い出だ。  学校当局は、一定限度内で生徒の自主性を尊重していたようだった。  ある意味無礼講。  グループサウンズの全盛時である。  体育館にはエレキギターの音が鳴り響いていた。  もちろん、宴を楽しむ側には一定の節度があった。  海上自衛隊のはなむけは異常だ。  愛媛出身の3等海曹が15人相手の格闘で死亡した事件で、海自警務隊は教官ら4人を業務上過失致死容疑で書類送検した。  15対1の格闘は3曹の異動のはなむけだったとか。  海自は節度をわきまえていなかった。  15人が次々と1人にかかっていく。  結果的に死に至らしめた。  もはや訓練などとはいえずしごきそのものだ。  それも度を超している。  常軌を逸したはなむけに、隊員を駆り立てたものは何だったのか。  事件捜査とは別に真相の徹底解明が必要だ。  相撲部屋で起きた力士暴行死事件との類似性を考えざるをえない。  一般社会と隔てられた閉鎖性と上下関係。  時に大学や高校の運動部のしごきが表面化する。  ここにも同じような背景がありはしないか。  いずれも鍛錬や強化に名を借りた、陰湿ないじめの一種だろう。  われわれの社会がそれを容認し、醸成している側面はないか。  一人一人の問題として考えたい。

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